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「何も、先生を愛人として紹介して回るわけじゃない。ただ、総和会会長にとって大事な存在だと、知らしめるだけだ。それにこの世界、男気に惚れた腫れたは珍しくない。それが過ぎて〈契り〉を結ぶ奴らもいる。もちろん、男同士のそういう関係に抵抗のある連中もいるが、それもひっくるめて、この世界じゃ馴染んでいる慣習の一つだ。先生のように、堅気だったにもかかわらず、物騒な男たちがオンナにしちまう場合もあるしな」
「……ぼくは、男気なんて欠片も持ち合わせてないぞ」
ぼそぼそと和彦が反論すると、賢吾にあごを掴み上げられる。ニヤニヤと笑って言われた。
「下手なヤクザより、よほど肝が据わってるじゃねーか、先生は」
和彦は眉をひそめると、あごを掴む賢吾の手を押しのける。缶に残っているビールを呷ると、短く息を吐き出した。
「開き直ってるだけだ。――ぼく個人に、捨てるものはないしな」
「そう言うな。そんな先生を、大事に大事に想っている〈男たち〉が悲しむぞ」
ヤクザが白々しいことを言うなと、内心強気に思ってはみたものの、意識しないまま和彦の頬は熱くなってくる。
どんな思惑があるのだろうかと、冴え冴えとした大蛇の目を覗き込んだが、柔らかい微笑を浮かべた賢吾からは、何も読み取れない。
和彦はテーブルに缶を置き、再び賢吾に肩を抱き寄せられるまま、体を預けた。
「――……花見会には出席するが、警察から職質を受けるような事態だけは避けたい。身元照会をされて、佐伯和彦という人間が総和会や長嶺組に守られていると知られたくないんだ」
保身のための要望に、和彦のどんな想いが込められているか、さすがに賢吾は正確に読み取ってくれた。
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