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和彦はちらりと笑って立ち上がると、その場でTシャツを脱ぎ捨てる。上半身裸のまま三田村の横を通り過ぎるとき、互いに緊張したことを感じ取る。
意識して、緊張しながら、何事もなかったように装うのが、二人の間では当たり前のようになっていた。何を意識しているのか、本当は和彦はよくわかっていない。いや、わかっていないふりをしているのだ。
現実から目を背けた、麻薬のように心地よく、何もかもを与えられる生活を送りながら、いまさらわからないものが一つ増えたところで、和彦は困りはしない。引きずり込まれた世界は、いまだに和彦にとってわからないことだらけなのだ。
手早く体を洗って湯に浸かると、クリーム色の天井を見上げる。
そのまま危うく眠りそうになっていた。目が覚めたのは、浴室の扉の向こうから呼びかけられたからだ。
「先生ー、プリン買ってきたから食べようよ。せ・ん・せ・い、聞いてるー?」
パシャッと水音を立てて、和彦は湯の中に完全に沈みかけた体を起こす。もう少しで顔まで湯に浸けるところだった。
「あー、寝てた……」
ぼんやりと呟いてから、顔を洗って、濡れた髪を掻き上げる。その間も、扉の向こうから呼びかけてくる声は続く。
「先生、早く顔出してよ。俺、下に車待たせてるから、あまり時間がないんだ」
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