第7話(4)

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 和彦が知る限り、中嶋は野心家だ。計算ができる男なりに、和彦の存在は利用価値があると思っているはずだ。ただしその利用価値は、あくまで長嶺組や総和会という後ろ盾があってのものだ。和彦も、中嶋が総和会の人間だからこそ、あれこれと教えてもらっていた。  そんな中嶋が、個人的な情に訴えてきたのは予想外だった。  困り果てた和彦は何度も髪を掻き上げていたが、電話の向こうから絶えず聞こえてくる中嶋の懇願を無視して受話器は置けなかった。 「――……君は、診てほしい人間への借りが一つ返せていいかもしれないが、ぼくに対してはどうなんだ? 今度はぼくに対して、借りを一つ作ることになるぞ」 『かまいません。先生が必要とするときに、俺は何があっても借りを返します。だから今回は、俺を助けてください』  中嶋が本気で言っているのは、よくわかった。仮にこれが演技だったとしても、騙された自分を責めることはできないだろう。つまりそれぐらい、真剣だということだ。  和彦は乱暴に息を吐き出すと、こう尋ねる。 「怪我の状態を、できるだけ詳しく教えてくれ」  電話の向こうで、中嶋が安堵の吐息を洩らした。和彦は一瞬、中嶋には内緒で、長嶺組に事情を説明しようかと思ったが、中嶋が総和会にいられなくなる事態を危惧すると、それはできなかった。  野心家が、リスクを覚悟で連絡してきたのだ。それに報いなければいけない気がした。     
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