第9話(3)

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 経営者が秦でなければ、自分でも贔屓にしたかもしれない。そんなことを考えながら、つい気を緩めていた和彦だが、客と会話を交わしていた秦と偶然目が合い、反射的に背筋を伸ばす。  いつにも増して艶やかで、女性客の視線をほぼ独占している美貌の男は、品のいい笑みを湛えて和彦の側にやってきた。顔の痣はすっかり消えており、表面上は、物騒なこととは無縁そうな実業家然としている。  ただ、右手には包帯を巻いたままだ。そろそろ抜糸の心配をしなくてはならないが、さてどこで、ということになる。秦と二人きりになる危険性はよくわかっているので、和彦に同行する人間も必要だ。考えるだけで、頭が痛くなってくる。  そんな和彦の気苦労も知らず、秦は穏やかな声で話しかけてきた。 「――壁の華、という表現は失礼ですか。先生のように魅力的な方に対して」 「来ている女性たちの熱い視線を独り占めしている男が、何言ってるんだ」 「先生こそ。女性のお客さまだけじゃなく、男性のお客さまの中にも、先生を気にされている方がいますよ」  じろりと睨みつけると、悪びれた様子もなく秦は軽く辺りを見回した。 「先生は、ほんの少しでも同性に興味のある男を、妙に落ち着かない気分にさせるんですよ。自覚がなかった男の中から、どんどん欲望を引き出して、あっという間に取り込んで……骨抜きにしてしまう」     
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