7929人が本棚に入れています
本棚に追加
/2987ページ
賢吾の刺青について知らないはずの秦は、違う光景を頭に描いたのか、顔を強張らせている。いくつもの組と関わり、ヤクザとつき合いのある秦でも、賢吾が相手だと気圧されるらしい。
秦が口を開きかけたそのとき、受付にいたボーイが慌ただしく秦に駆け寄り、何かを耳打ちした。眉をひそめた秦が、賢吾だけでなく、和彦にも視線を向けてくる。思わず和彦は問いかけた。
「どうかしたのか?」
「いえ……、今夜は貸切だと説明しても、入れてくれとおっしゃるお客様が見えられているのですが、佐伯先生のお知り合いだと――……」
ピンとくるものがあり、まさかと思いながら賢吾を見る。賢吾は、今にも人を食らいそうな、剣呑とした笑みを浮かべた。
「いいじゃねーか。俺の顔を立てて、入れてやってくれ」
賢吾の言葉を受け、秦はすぐにボーイに指示を出す。
案の定、姿を見せたのは、鷹津だった。相変わらずのオールバックに無精ひげだが、今夜はスーツを着ていた。
肩越しに振り返りながら鷹津を確認した賢吾は、短く声を洩らして笑う。
「千客万来ってやつか?」
「……あんたが言える台詞じゃないだろ」
呟きで応じた和彦は、こちらに向かって歩いてくる鷹津を見据える。先日、鷹津から与えられた屈辱は、和彦の胸の奥で傷となってジクジクと痛んでいた。
最初のコメントを投稿しよう!