第9話(4)

1/29
前へ
/2987ページ
次へ

第9話(4)

 後部座席のシートに体を預けた和彦は、大判の封筒から書類を取り出す。 保険医療機関として指定をもらうため、クリニックの申請をしなければならないのだが、表向き和彦は、クリニックに勤務する医者であり、名義上の経営者は別の医者となっている。  公的機関を欺くような申請はリスクがあるし、美容外科の分野では、健康保険の適用がない自由診療の施術がほとんどだ。だからといって、申請しないわけにはいかない。昼間は一般の患者を受け入れて、儲けについても考え、結果としてそれが、長嶺組との関係のカムフラージュになる。誰かに、普通のクリニックとは違うと感じさせてはいけないのだ。一部の例外を除いて。  長嶺組に名義を貸した医者には、相応の報酬が支払われ、その代わり、必要に応じてこうした書類の作成に協力してもらっている。大半のやり取りは電話や宅配業者を通してのものだが、重要な書類に関しては、長嶺組の人間を取りに行かせたりしている。 「――わざわざ先生まで出向かなくてもよかったのに。大事な書類とはいっても、俺が取りに行けば事足りたと思うが」  ハンドルを握る三田村に話しかけられ、書類から顔を上げた和彦は笑みをこぼす。     
/2987ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8132人が本棚に入れています
本棚に追加