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「風が気持ちいい……」
階段に腰掛けた和彦が、柔らかく吹きつけてくる風に目を細めながら洩らすと、隣に腰掛けた三田村に缶コーヒーを取り上げられる。再び手に戻ってきたときには、しっかりプルトップが開けられていた。和彦はちらりと笑うと、缶に口をつける。
「夏場なら、いくらでも店が出ていて、にぎやかなんだがな。そういう光景を見ると、若い頃、勉強だと言われて、屋台でこき使われたときのことを思い出す」
思いがけない三田村の話に、和彦はつい身を乗り出して尋ねる。
「何か作ったりしたのか?」
「……反応がいいな、先生。ヤキソバは、年中通して作らされていた。さすがに杯を交わしてからは、そういう仕事は任されなくなったが、賄いとして、ときどき作っていた」
食事に関しては、和彦などよりよほどマメな三田村だ。時間さえあれば、きちんとした料理を作れるのかもしれない。
「今度、食べてみたい」
和彦がこう言うと、三田村は微妙な顔となる。
「いや……。先生が期待しているほど、美味いものじゃないと思うが――」
「わからないだろ。実際食べてみないと」
子供のようにムキになった和彦を、到底ヤクザとは思えない優しい眼差しで三田村が見つめてくる。
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