第2話(3)

1/15
7833人が本棚に入れています
本棚に追加
/2987ページ

第2話(3)

 タクシーに乗っている間、二人はまったく会話を交わさなかった。携帯電話に三田村から連絡が入って和彦が出ようとしたときも、無言のまま素早く取り上げられて、電源を切られたぐらいだ。  張り詰めた車中の空気は覚えがあった。長嶺組の人間に拉致されて、わけもわからないまま車に乗せられたときと同じだ。一緒にいるのが千尋とはいえ、和彦はひどく緊張していた。  千尋に限って、手荒なことをするとは思えないが――。  タクシーは、千尋が住むワンルームマンションの前で停まり、支払いを済ませた千尋に促されるまま和彦はタクシーを降りる。 「そんな怖い顔しないでよ」  エレベーターを待っていると、ようやく千尋がぽつりと言う。足元に視線を落としていた和彦がハッとして顔を上げると、千尋は困ったように笑っていた。 「俺、ヤクザじゃないんだから、先生を脅したり、痛めつけたりしないよ。ただ、オヤジや組の人間がいない場所で、先生と二人きりになりたいんだ。ちょっと前までみたいに」  千尋がエントランスを見回してから、照れた仕種で片手を差し出してくる。その手を見つめてから、和彦は小さくため息をついた。 「……行動が突飛すぎるんだ、お前は」     
/2987ページ

最初のコメントを投稿しよう!