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第3話(2)
促されるまま和彦が先に後部座席に乗り込み、千尋が続く。旅行準備はすでに出来ているらしく、助手席にはバッグが置いてあった。
車が走り出してすぐ、千尋に手を握られる。横目で睨みはした和彦だが、機嫌よさそうな千尋の顔を見ると、叱るのも野暮な気がした。
「あー、先生ともっと一緒にいたい」
芝居がかった口調で千尋がぼやき、和彦は淡々と応じる。
「そう言ってもらえて光栄だ」
「俺、本気で言ってるんだけど。……あっ、旅行に一緒に行くってどう?」
「勘弁してくれ……。だいたいお前、レストランで物騒な話してただろ。そんな中に、ぼくも加われというのか。目立つのはご免だぞ」
やむをえず賢吾に従ってはいるが、他人からヤクザの仲間と思われるのは嫌だった。和彦はヤクザではないし、勇気さえあれば表の世界に戻れる。好きで裏の世界に留まっている連中とは違うのだ。
もっとも、肝心のその勇気が持てない限り、これは単なる言い訳でしかないと、和彦にはわかっていた。自分は違うと、自分自身に言い聞かせているうちに、どんどんヤクザの世界の深みにハマっている。
「――どうかした?」
千尋がひょいっと顔を覗き込んでくる。
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