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第8話(1)
秦の顔を見た瞬間、全身の血が凍りつくような気がした。自分の足で立っているという感覚すらなくなったが、手に持っていたバッグを足元に落とした音で、ようやく和彦は我に返る。
「彼が……」
硬い声を発すると、隣に立った中嶋が頷く。
「電話で秦さんの名前を出さなかったのは、そう頼まれたからです。俺としては、秦さんの名前を出したほうが、先生は助けてくれると言ったんですけど、頑として聞き入れなくて」
「それで、ぼくを騙すようにして呼び出したのか」
意識しないまま、和彦の口調は怒りを含んだものとなる。
秦がどうして、電話で自分の名を出すことを許さなかったのか、その理由が和彦にはわかっていた。誰も好きこのんで、リスクを冒してまで脅迫者を助けたりはしない。だからこそ秦はまず和彦を呼び出し、現場で自分の存在を知らせることにしたのだ。
中嶋の様子からして、二人の間に何があったのか関知していないのだろう。つまり中嶋は悪くない。理屈ではそうなのだが――。
「先生っ」
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