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第1話「消えた父と四兄弟」
「え……?」
ベネトロッサ上級導師からの呼び出しを切り抜け、逃げるように自宅へ戻った私は翌日、突如訪ねて来た弟に伴われ、サロンへと足を運んだ。
普段ならば友人のフェリシエルさんとお茶をする時くらいしか足を運ばない場所なのだが、そこには既に私の知った顔が集まっていた。
ただし、凄く異色の見知り顔。
兎にも角にも、珍しい光景。
だが今はそんな事にかまけている場合ではない。
弟ーーネイトの口から告げられた言葉に、私は耳を疑った。
「父様が、昨夜からお戻りじゃないんだ」
もう一度同じ言葉をネイトは繰り返した。
「お父様が?」
告げられた内容の意図が分からずに首を傾げると、サロンに居た見知り顔の意外な人物ーーベネトロッサの長兄、エルフェンティス・ファウリエリ・ド・ベネトロッサが口を開いた。
「正確には夕刻。上級導師も出席する筈だった会議に出席されなかった」
「会議に?……お父様が、ですか?」
「そうだ」
そう言うと兄は細身のフレームの眼鏡を指で押し上げた。それを継ぐ形でもう1人。
今度は女性が声をあげた。
「……他の上級導師も出席する会議。お父様が理由もなく欠席するのは、おかしい」
「お姉様……」
我が姉にしてベネトロッサ史上最高の天才、フィーネルチア・アンネリス・ド・ベネトロッサ。
彼女が研究室以外にいるのは大層珍しい。
上の兄弟たちに会うのは実に一族会議以来なので何とも気まずいが、それ故に、事は重大なのだと認識せざるを得ない。
「ソルシアナ、何か心当たりは?」
「……っ、私、ですか?」
兄に話題を振られ僅かに硬直する。
父程恐ろしいと言う訳ではないが、私は兄も苦手だ。特にーー父に似た、あの瞳が。
見詰められると息が詰まる。
だが兄は私から目を逸らさずに頷いた。
「父上にお会いしただろう?」
「……そう、ですが」
分からない。
確かに父に会ったが、それは昼過ぎの事。あの後、他の人に会った可能性は無くはない。多忙な父の事だ。平日の昼から夕方に掛けてともなれば職務も大詰め。
私の事など些事に過ぎないはず。
現に私は部屋から追い出されたのだし。なのにどうして兄は私に心当たりはないか、などと問うのか。
「お止め下さい、兄様……それじゃあまるで、姉さんが父様に何かしたんじゃないか、と疑っているみたいな口振りですよ」
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