第0話「ある父の記憶」

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第0話「ある父の記憶」

妻が子を産むのは初めてではない。 5年前には長男が、そしてその翌年には長女が産まれた。 5歳になる長男は幼いながらも次期当主としての自覚を持ち、一族とも積極的に関わろうとする努力家で、忙しい妻に代わり妹の面倒も良く見る頼もしさを見せる。 対して娘は少し内向的で人見知りをする傾向にはあるものの、既に読み書きを覚え、兄以上の才覚があるのでは、と周囲に思わせる程の利発さを覗かせていた。 どちらも優秀で、ベネトロッサの名を継ぐに相応しい子供たち。 惜しむらくはどちらも私に似てしまったのか、子供にしては感情表現が下手で、どちらも恐ろしく表情が変わりにくい。そこが短所と言った所か。 無論、魔術師の家柄に産まれたからには子供らしさなど必要ないのかも知れないが……私としては自分や弟が厳しい環境で育ったが故に、我が子には少しでものびのびと子供らしい生活をさせてやりたいという願望があった。 本格的に魔術を学び始める迄の短い時間ではあるが。そうしてやりたいと思っていた。だが、賢い我が子たちは私を見て学んでいるのか、日々の鍛錬や学問を欠かさず、暇さえあれば魔術師としての技量を磨く事に専心していた。 当主としては誇るべき事なのだが、父親としては……予定と違うだけに、少し寂しい気もする。 妻に似れば少しは笑顔も覚えたのだろうが、どうやら残念な事に私の血の方が濃かったらしい。 さて。妻が出産の準備に入った為、子供らは妻の実家に預け、私は1人、妻が篭っている続きの間で待機している訳だがーーどうにも落ち着かない。 子供が産まれるのはこれで3人目だが、実を言うと、私には小さなトラウマがある。それは“何故か人に恐れられる”という特性上、我が子にも恐れられ泣かれてしまう。と言う事。 生来表情筋が死滅していると揶揄される事もある位、とにかく私の表情は変わらない。 それ故に大層恐ろしく見えるのか、産まれたばかりの我が子たちには、それはもう盛大に泣かれた。 一応あやそうと努力はしてみたのだが、私が近付くと烈火の如く泣きじゃくり、妻と乳母が全力であやさなければ泣き止んではくれなかった。 長男の時も、長女の時も。 妻はそれを笑っていたが……我が子にあそこまで毛嫌いされると如何に私と言えどそれなりに傷付く。
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