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そう来たか。
本日はお日柄もよく、心地いい日差しの降り注ぐ絶好のバレンタイン日和ですね。
気になる人を待ち伏せするにしても過ごしやすいし、大量のチョコを持ってくるにしても手がかじかむこともない。
そして、俺のように放課後の体育館裏に呼び出された人も暖かな風を感じながら悠々と待つことができる。
今日はザ・バレンタインデー。
二月十四日という恋人の祭典に、わざわざこうして人目のない場所に呼び出されたということはもう確実だ。
ひとつもチョコを貰えずに猫背になって帰っていくクラスメイトに恨めしい目で見られつつ、指定場所である体育館裏に来た。
なるべく「いやまあ別にバレンタインとか興味ないけど、なんか呼ばれたからとりあえずちらっと行ってくるわ」くらいの感じで冷静さを装ったつもりではあったけど。あれかな、やっぱり出ちゃってたかな、モテオーラ。
もうすぐ約束の十七時だ。近くにいるのでは、と辺りを見回す。
呼び出し人はわかっていた。手紙を直接手渡されたからだ。
「これ、読んで」
同じクラスの女子、園部千代子に昼休みにそう声をかけられて可愛らしい便箋を渡された。
やはり隙を作っておいて良かった。いつもなら友達と駄弁ったり、騒いだりしてるところだが、それじゃいざ勇気を出して話しかけたくてもかけられない。そこはこちら側も配慮して行動するのが紳士というものだろう。今日は男子全員めちゃくちゃ静かに座っていた。
しかしそこでチョコを渡せばいいものを、わざわざ放課後に呼び出すなんてこれは大本命じゃないか? いや期待なんかしてないんだけどね。
……でももし本命だった場合、告白される訳だ。
そしてそれを承諾した場合、人生初の彼女ができる訳だ。
いやいやどうするこれ。どうするよこれ。
園部千代子のことを思い出す。
あまり話したことないな。いつも教室でノートに何かを書いているイメージだ。それが文章なのか、絵なのかはわからないが。
容姿は悪くない。肩よりも少し長い黒髪に眼鏡をかけて、知的な雰囲気。大人びた感じ。
それが今日から俺の彼女……。
いやいやいやいや待て待て待て待て! 期待は自傷行為だとこれまでの青春で十分理解してきたじゃないか! 落ち着け、落ち着け工藤一久!!
過去の数多の傷を思い出し、なんとか平静を取り戻す。
そのとき、ちょうど園部が僕の視界に現れた。
冷静さが吹き飛んだ。
「来てくれてありがとう」
「い、いや、いいけど別に」
きらきらしている。なんかきらきらしている。
なんだこれ、園部ってめちゃくちゃ可愛いじゃんか。『容姿は悪くない』とか偉そうに言っていた自分にボディブローしたい。
「それで、突然なんだけど」
園部は自分の鞄をごそごそと探る。
どうしよう、どういう風に受け取るのがかっこいいんだ?
「これ、受け取ってほしいの」
「あ、ありがとぅ」
脳内会議の結論が出ないまま受け取ったため、語尾のすぼまった変なお礼を言ってしまった。とぅ、ってなんだよ。かっこ悪い。
恥ずかしさのあまり体温でチョコを溶かせそうなほどだ。真っすぐに園部の顔を見れず、受け取ったものを見る。
それは長方形の紙だった。
入部届、と紙面には書かれている。氏名欄は空欄で、部活動名には――。
『カップル殺す部』
「入部してほしいの、あなたに」
お願いします、と園部は頭を下げた。
「返事は明日でいいから」
そう言うと園部は用は済んだとばかりに颯爽と立ち去っていった。
…………なんだあいつ。
意味がわからない。まだこの状況を理解できずにいるが、これだけはわかる。
今回も告白ではなかった。
やっぱりそうか。期待はやはり今回も俺の心をずたずたに切り裂いてきた。
けど、まさか入部届とは。しかも得体のしれない部の。
そう来たか。でもこれ今日じゃなくてもよくない?
ひゅーと風が虚しく音を立てる。日が暮れてきて、肌寒くなってきた。そして寂しくなってきた。
帰ろう。今帰らなければ何かを落としてしまいそうだ。
俺は右手に入部届を握りしめたまま、猫背で帰路についた。
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