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 しかし、彼に声を掛けられたことで幾許かは落ち着きを取り戻してもいた。何より彼の表情。彼女をしっかりと見据える彼の眼差しが、とても綺麗だと感じた。 「うん。どうした?」  まるで子供をあやすような優しい口調で、彼は彼女の反応を静かに見守った。それが嬉しかった。何を考えているのだろうかと疑うのではなく、素直に助けてくれるかもしれないと期待することができた。 「どこに行けばいいのか、わからなくなって」  しどろもどろになりながら、それが精一杯の説明だった。果たして伝わっただろうか、どういう風に受け取っただろうかと不安が過(よぎ)る。 「つまり、迷子なのかな?」  嗤うでもなく、詰問するでもない。穏やかな調子のまま、まるで解決に導くような雰囲気が感じられた。それは彼女を雁字搦めにしていた緊張や恐怖感を取り払ってくれる安心感があった。 「はい」  こくりと彼女は首肯した。 「そうなんだ。どこに行きたいの?」 「家庭科室に」 「じゃあ、次は家庭科の授業なのかな?」 「はい」  訊かれるがまま、彼女は素直に答えた。発した言葉こそごく僅かなものだが、それでも会話らしい会話ができた。落ち着きを取り戻している証拠だ。パニックから逃れることができた。 「オーケー。それじゃあ着いて来て」 「え?」  思いがけない言葉に、さしもの彼女ですら思わず素っ頓狂な声を出した。その意味を量りかねた。
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