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「案内してあげるからさ。行こう」
そう言って彼は翻った。その動きが、何の変哲もない所作でもあるにもかかわらず、とても優雅で流麗なものに見えた。
「あのさ。君、もしかして転校生なの?」
彼に導かれるまま廊下を歩いている最中にそう訊かれた。彼は二年生で一つ上の先輩だと簡単な自己紹介をしてくれた。折原という名前らしい。
「はい」
彼女は素直に答えた。どうしてそんなことを訊くのだろうと思った。
「そっか。やっぱりそうなのか」
折原は苦笑交えに頷いた。
「まだ、校内のことがわからなくて……すみません」
弱々しくも自分の気持ちを伝えた。だが思えば、親以外に胸の内を打ち明けるのは彼が初めてかもしれない。
「謝ることじゃないって」折原は小さく笑った。「転校生なら無理もないかもしれないな」
折原は努めて彼女の境遇を理解してくれようとしている気配があった。上手く言葉で表すことができないが、どこか安心感を与えてくれる人物だった。言葉ではなく、そういう不思議な空気感の類のようなものが彼から感じられた。
「ご迷惑をお掛けしてすみません」
素直にそう思った。彼の手を煩わせてしまっているのは事実だ。それを考えると心が痛む。
「そんな大袈裟なことじゃないよ。大丈夫」
「ありがとうございます」
心が洗われるようだった。単(ひとえ)に頼もしいと思った。
「全然。ほら、あそこだよ」
彼が指差した場所。家庭科室と書かれた表札がその存在を教えてくれていた。
「あ、本当だ」
彼女は心の中で歓喜した。さっきまではどうしようかと為す術もなく立ち尽くしていただけだったのに、救われた。安堵感に包まれた。
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