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抑揚はそのままに、彼女は話題を変えた。急な方向転換に彼は一瞬戸惑ったが、話題が変わるということは、会話を打ち切られず続行するという意味であり内心で喜んだ。
「あ、僕は部活の終わりです。ちょうど帰るところだったんです」
「あ、そうなんだ。何の部活なの?」
「サッカーです」
「わあ! 逞しいんだね」
「そ、それは……どうでしょうかね」
彼は苦笑いで返した。褒めちぎられるのは光栄のことだが、励んでいる種目がそのまま性格に反映されるとは疑わしい。
「何て顔してるのー? うん、素敵じゃない」
彼女は彼の抱く不安を根こそぎ取り除くかのような暖かい表情と声でにこやかに言ってくれた。多分、本音である気がした。彼女は嘘を吐くような人間には思えない。良くも悪くも素直さで一貫している、そんな印象が強い人物だ。
「あ、ありがとうございます」
ここは一先ず礼を述べておくことにした。実際本当に嬉しかったが、それ以外の言葉は見付からなかった。彼女の言葉を信じたいとも思った。
「いやーそれにしても寒いねえ」
当然だ。もう一二月の頭であり、冬の厳しさが徐々に迫って来ている。彼女は制服の上からしっかりコートを着ているが、それでも長い時間こんな外に居れば冷え込んでも無理はない。
「あ、じゃあ何か温かいものでも買って来ますよ」
すぐ近くに自販機がある。ホットのお茶でも飲めば多少は温まるだろう。
「え? 悪いよ」
「いえ、良いんです。ちょっと待ってください」
そう言って、彼女の返事を待たずにすぐ傍に設置された自販機へ駆け込んだ。正直言ってかっこ付けたかったのが本音なのだが、彼女の為に何かしてあげたいと思う気持ちも本物だった。
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