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 初めて目の当たりにする校内は、迷宮と言っても差し支えのない。無機質な廊下は、行き交う生徒の姿や声で賑やかではあったが、より荒唐無稽でもある。道標もなく、どこへ歩けばどこに辿り着くのかさえ判然としない。取り残された迷子のような気分だった。心細くて、孤独。自分の無力さは混乱を招き、正常な思考を奪っていく。  そうは言っても、延々とここに立ち止まっているわけにもいかない。次は家庭科の授業で、家庭科室へ移動しなければならない。歩いていれば、家庭科室ではなくともその手掛かりくらいは見付けられるかもしれない。いずれにしてもこのまま立ち尽くしているだけではどうにもならない。  不安な気持ちでいっぱいになりながら、彼女は歩き出す。  こんなことになるのなら、お手洗いに行かなければ良かった。彼女が席を外している間に教室は蛻(もぬけ)の殻となってしまっていた。慌てて授業の準備をして教室を飛び出したが、目的の場所がどこにあるのかわからなかった。クラスメイトに遭遇できるかもしれないという期待感もあったが、そう上手くはいかなかった。  困った。このままでは授業に遅れてしまう。途方に暮れそうになり、いっそ泣き出してしまいたいほど彼女は困惑していた。  昼休みということもあり、多くの生徒が流動していた。だから誰か一人に道を教えてもらえばいい。そういう風にきちんと解決策を思案はしていたが、その勇気がでない。彼女は気弱で繊細だった。見ず知らずの他人に声を掛けられるほどの度胸を彼女は持ち合わせていない。  どうしよう。苦悩しながら弱々しい足取りで辿り着いたのは、随分と開けた場所だった。ここは、カフェテラスだ。幾人もの生徒たちが、用意されたテーブルの席に着き、食事をするなどして寛いでいる。  知り合いがいるかもしれない。辺りを見回すが、見付けられない。おそらくクラスメイトのみんなはもう家庭科室に揃っているのだろう。遅刻でもして晒し者になった暁には――そのようなことを考えるだけで足が竦んだ。怖かった。些細なことだとはわかっている。わかってはいても、それでも彼女を慄かせるには余りある事態だった。  独りだと、強く感じた。こんなことで、これからの学校生活をどうやって過ごしていけるのだろう。
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