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完全に心も体も女だった。だが、両親は僕を心の病気だと思っているし、幸もそうだし、他のみんなもそう思っている。僕以外はみんなそう思っていると思う。だって見た目は女だけど制服は男物のブレザーしか着ていなかったから。
制服だけでない。持ち物全部だ。一人称は「僕」だし、好きになるのも異性ではなく女の子ということになっているし、理央が死んだことがきっかけで、本当の自分をさらけ出す気持ちになったのだと両親は思っている。本当は単なる贖罪に過ぎないのに。僕は「女」という性別をあの時理央にあげた。
幸い理解力のある両親で僕のことをすぐに受け入れてくれた。しかし、というか当然のことだろうがメンタル面が心配だから病院へ行くよう勧められた。だがそれは丁重に断った。偽物の自分を演じきる自信がなかったのだ。向こうはプロですぐに自分の嘘なんて見破られてしまうだろうことがわかっていた。大学生になったら病院へ行くということを約束し、今はこのままで過ごさせてもらえることになった。
「体は女だね。ちんちんもタマタマも付いてないから」
彼の体が一瞬カチッと凍りついたよう見えたが、そのすぐ後にあははと声をあげ、目を糸のように細めて笑った。体全体を腰の辺りからくねっと折り曲げて本当に楽しそうに笑う。
「はい、これ。お前のだろ?」
見ると移動教室で持って行った世界史の教科書で、「大沢優理」と名前がしっかりと書かれていた。
「ああ、僕のだ。ありがとう。忘れてたんだね」
「たまたま座ってた席の近くにあったからさ。俺は五組の高橋蘭丸(らんまる)ってゆーの。蘭丸って呼んでくれていいよ」
馴れ馴れしさが苛立つどころか少し懐かしくさえ感じた。僕が僕になってからは馴れ馴れしく接してくる人は誰もいない。だいたいみんな僕の事情を知っているし、知らなくても知っている人に聞いていることが多いので、理央が死んで僕がこうなったことはわりと周知の事実だった。だからそのことに触れてくる人は少ないし、そもそも近づいてくる人も非常に少ない。そんな中、高一から仲良くしてくれている幸との出会いは僕にとっては救いだった。
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