1話 はじまり

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 ブレーキがかかり貨物列車は嫌な音を立てて止まった。乗客たちがざわめき目が覚める。ぎゅうぎゅう詰めにされた車内は冬だと言うのに蒸し暑い。 「ただいま救護のため…」アナウンスがかかり騒然となった。 「病人だって…?」 「いやだわ、検査をすり抜けたって…まさかこの列車の中にいるの?」  さまざまな声が上がり、不安など負の感情が車内を駆け巡る。せんらはわずかなスペースで潰れないよう壁に手をつく。持ちきれないほどの荷物を床に置かなければよかったと後悔した。  急病人だってきっとこのすし詰め状態で貧血やらを起こした人だろうし、このストレスが溜まる空間を解消した方がいい。疎開先がはち切れんばかりの人が押し寄せているのをテレビで眺めていたけれど、こんな酷いと思わなかった。  空調が止まり、さらに乗客が文句をたれる。誰かが耐えきれず車窓を開けてしまう。なだれ込んできたストームの風が車両を蹂躙(じゅうりん)する。この時期には珍しいと呼ばれていた大嵐は毎年被害を出す厄介な日常と化してしまった。地盤沈下で都市群に多大な影響がでたとニュースは告げていたし、スラム街では洪水で感染性が流行っていると。拡大しすぎた文明はじりじりと崩壊しているのを誰だって自覚せざるえない。  人類は無気力だ。何もかも満ち足りた生活を甘受し、我に返った頃にはあまりにも複雑化した機能を修復する技術者は恐慌でいなくなり、食い扶持(ぶち)もおろかこの世から去ってしまったという。地盤沈下だって管理されなくなった「地下施設」の老朽化だ。洪水も堤防が機能しなくなったから。そんなことせんらには関係ない。ともかくおかげで室温は下がった。 「何が起きてるのよ!説明しなさいよっ!」  婦人がうんともすんとも言わなくなったアナウンスへ不平を垂れた。そうだそうだと拍車をかけ、車内は阿鼻叫喚になる。押し合いへしあい息苦しくなる。  せんらは脳裏に都市群に残してきた家族を思い浮かべる。誇りを持って紹介できる両親。このご時世に珍しい考古学者の母と失われた技術を再建するプロジェクトに関わっている父。知性的で優しい両親。ストレスフリーの怪しい薬漬けになってぐったりしている連中とは違う。  あまりにも苦しくなってきた。くらくらと視界が揺れ出す。どうたのだろう?自分が急病人になってしまったら御笑い種だなと、自嘲しながら壁にもたれかかった。  
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