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意識が回復する。相変わらず壁に寄りかかって、眠っていたようだ。
「………」
荒れ果てた車内に驚くも、自分の所持品や衣服は乱れていないことにほっとする。あれだけの満員電車がガラ空きになる怪奇現象に開いた口がふさがらない―ここは、どこだ?
クラクラする頭を叱咤して、覚束無い足取りで車内を見渡す。ドアはこじ開けられ、吊革はちぎれている。何が何だか思考が上手くはたらかない。
しょうがなく折りたたまれていた座席を下ろししばしぼうっとする。わずかに湿っぽい空気がなだれ込んできた。古臭いノスタルジーを感じさせる臭い。深呼吸して状況を把握する。
「地下鉄…でも真っ暗。それにみたことない広告…これって、整髪剤?」
でかでかと整髪剤らしきものと文字が踊っている。見たことがない文字だ。ただ髪を触っている男性が写っているから、整髪剤なんだと。
だいいち広告なんて今どき飾っていないはずである。解読不可能な吊り広告やらが吐き気を催すほどあふれている。気絶してへんてこりんな夢でもみているのか?
車内に散乱している物もどこか非現実的な代物ばかりだ。
ここにいるだけで頭がおかしくなりそうだ。たまらなくなったせんらは自分の荷物を確認しにいく。父がくれた優しい物語の絵本。母がくれた昔の「地下施設」からみつかったフレッシュな香水。そして他衣服など。荷物をなんとか背負い、車両からでる。着地に失敗して尻を痛めたが、呆気ない脱出成功にホッとした。
「なんなの。みたことないものばかり…悪夢なの?」
ぶうたれて停車している電車をジロジロ観察する。かくかくしていて可愛らしい雰囲気だ。フロントが割れて痛いしいけれど、他におかしな点はない。「ずいぶんながい電車ね。」
何両あるのだろう。ずらりと蛇のように地下鉄を這っている。
煌々と車窓からあかりが漏れている。人影はなく、荒れ果てた車内が浮かび上がっていた。何かがあったのだろう。
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