青空の先に

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 朝から忙しない母と息子いつもの光景。  なんてことのない日常に過ぎないが、けれどここまで平素なやり取りができるようになるまで何年もかかった。いや、むしろ立ち直ったというべきか。  家族の絆から父親の温もりが消えたのは今から七年まえ、千瑛は十歳のときだ。  それまで当然のようにあった笑顔や他愛のない会話が、まさか見聞きできなくなる日が来ようなど考えてもみなかった。  夫を喪った妻の憔悴と、父を喪った子の悲しみ。故人とともに止まった時を、ふたり何年もうずくまり立ち止まっていたのだ。  けれどいくら悲しみに暮れようと周囲の時は過ぎていく。  くり返し太陽は沈み月が顔をだす世界に取り残されていては、家族を置いていかなければならなかった夫が安らげないと妻は自身を鼓舞する。  息子もまた然り、涙する母を勇気づけられるのは自分だけ、父の代わりにしっかりしなくてはと悲しみを捨てたのだった。  千瑛は母親に隠していることがある。床に臥せた父が息を引き取るまえ千瑛だけに言ったこと、耳をすませば今もまだ鼓膜に響いてくる。 「父さんの代わりに母さんを守ってやってくれ。辛いだろうが頼んだぞ」  覇気のない父の声をただ黙って聞き、うなずき受け入れることしかできなかった幼い自分。世界一強い男だと思っていた父の目からこぼれたひと筋のしずく、まぶたの裏に焼きついて忘れることができない。
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