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走りつづける千瑛、それが歩道か車道かも分からない。涙で曇る視界は役に立たず、どこに向かっているかさえ不明だ。
拓海に嘘をつかれていたこともそうだが、心で育ったばかりの恋を否定されてしまい打ちのめされてしまった。
しかも拓海の家庭を壊したのは自身の母親、憎い女の息子である千瑛は拓海にとって忌み嫌う対象でしかない。それなのに彼は千瑛を抱いた、嘘でも好きと言ってくれたのだ。
けれどそれは巧妙な幻、千瑛もまた拓海の仕打ちに憎悪が心臓をむしばむ。かといって千瑛に拓海を責める権利などない。
辛い。苦しい。この想いはどこに向かえばいい。
吐き出したいのに聞いてくれる者はひとりもいない。怒りをぶつける相手さえいない。絢也に向けていた憎しみも、真実を知った今では保つ理由を失ってしまった。
優しい母親。父が亡くなってから女手ひとつで育ててくれた母が、けれどもうこれまでのように信頼できるか分からない。
笑顔になってもらいたい一心で堪えてきた千瑛の我慢は、けれど彼女の不貞行為によって派生した残りかすのようなもの。馬鹿みたいだと思う。
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