206人が本棚に入れています
本棚に追加
鼓膜に警報音が響く。どうやら駅近くまで走ってきたらしい、目のまえは踏切だった。このまま電車が通る瞬間に飛び込めば楽になるだろうか。
嫌なことから解放され心が自由になるだろうかと、虚ろな目で下りる遮断桿を見つめながら千瑛は考えた。その時だ。
「千瑛っ」
背後に迫る声は拓海のものだ。身体と心臓が跳ね萎縮する。逡巡したのち足が独断で動いていた。迫りくる電車、線路を遮り駆け出す千瑛。
「千瑛──っ!」
過ぎ去る電車の轟音に鼓膜が揺れ、喧噪もノイズすら消えてしまった。
真っ白な無音の世界に温かな熱が加わる。踏切を渡る際、ふわりと身体が浮く感覚がした。目を閉じ身を縮ませていると、拓海が千瑛を抱きかかえて踏切を脱出したのだ。
潰れてしまいそうなほど強く抱きしめられ、苦しさと彼の体温に千瑛は我に返った。
最初のコメントを投稿しよう!