204人が本棚に入れています
本棚に追加
/40ページ
青空の先に
1
藍沢 千瑛に父親はいない。まだ彼が幼いころに病気で亡くなった。
けれどもそれを千瑛は不幸だとか淋しいなど思ったことは一度としてない。天涯孤独というわけでもなし、たったひとりの家族、母親がいてくれればそれでいいのだ。
だがいったい彼は、どうしてそう物わかりがいいのか。少なくとも同じ年頃の男子であれば、もっと反発心を抱いたり向上心を持ってみたりするだろう。
それに仲のいい者同士グループとなって馬鹿騒ぎをしてみたり、性的な話題で盛り上がってみたりと話は尽きないはず。
しかしながら千瑛に協調性はなく、残念なことに鷹揚とした性格も持ち合わせてはない。クラスにひとりくらいはいるだろう、誰にも馴染むことなく一匹狼を貫く者が。千瑛がそうだった。
およそ順応性や笑顔など友人をつくるに必要な要素は、誕生のとき胎内に忘れてきてしまったのではないかとすら思えるほどに欠如していた。
実際にクラスメイトたちは千瑛を遠巻きにしているし、それが答えのすべてではないかと思う。
「じゃあ母さん仕事にいってくるわね」
「うん。いってらっしゃい」
いつまでも呆けてないで、あなたもはやく身支度して学校にいきなさいと母。
キッチンから数歩で玄関にたどり着く距離を小走りで急ぐ母親の背中を目で追いながら、千瑛はひらひらと手を振りながら感情のない声で見送りの挨拶を向けた。
最初のコメントを投稿しよう!