そいつの名はBENという

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そいつの名はBENという

俺の友人の話をしよう。 時代は2008年の未曾有の金融危機、所謂リーマンショックの前まで遡る。 まだ就職氷河期の氷が解けず、苦悶の表情のまま氷漬けになってしまった先輩達を横目に見ながら、必死に会社説明会やら人事面接やらに足を運ぶのが俺達の日課となっていた時期の話だ。 この話の主人公は、俺と同い年で長年の友人である後藤(仮名)という男だ。 その日、後藤はとても急いでいた。ようやく漕ぎ着けた某有名テレビ局の一次面接の開始時刻は朝9時だったのだが、なんと寝坊をしてしまったのだ。 その前の晩、志を同じくする友(といっても会社説明会でたまたま隣に座っただけの仲だが)とチェーン店の居酒屋で安酒を飲みつつ、さも知ったような口で日本経済がどうだとかグローバリズムがどうだとか意味もない議論をしているうちに、いつのまにか明け方になってしまっていた。 後藤は千鳥足でフラフラしながらもなんとか無事に家に帰り着いた。 もちろん翌日は朝9時から大切な面接があることは理解していた。だから軽くベッドに横になるだけのつもりだった。 ベッドに倒れこんだ瞬間、少しひんやりしたベッドシーツに身体が包み込まれ、後藤は瞬時に落ちた。 小一時間後、奇跡的に面接開始時刻の一時間前に後藤は目覚めた。 ほぼその瞬間に家を飛び出し、今、後藤は山手線の満員電車に乗っている。 満員の車内で酒とタバコと汗の臭いを撒き散らしているはずだが、不思議なもので自分ではあまりその臭いが気にならない。 後藤は昨日からずっと左手にはめたままの腕時計を見やる。 この時間ならギリギリ面接には間に合いそうだ。 後藤は胸を撫で下ろした。 そこで安心したせいなのか、電車に揺られたせいなのか、こんな時に限って腹の中のアイツが目を覚ました。 BENである。
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