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しばらくの間、沈黙が続く。
俺は、勇者がこの静けさに耐えかねて席を立つことを望んだが、彼は小さく笑みを浮かべながら、外を見たり、俺の顔に目線を移したりしていた。
「あの」
「なぁ」
俺が口を開いたのと、勇者が言葉を発したのは同時だった。
「何です?」
「いやいや、お先にどうぞ」
俺は眉をしかめるも、その笑顔に押され、続ける。
「……姫は、クルム薬草店で働くと言っておられました。その辺りの話を、聞いておられますか?
おそらく前回の旅が起因だとは思いますが。
ツテがあるということでしょうね?
護衛の面では大丈夫なのでしょうか?
王族を退いた者が職場の人間と関係を構築するのは、一般人のそれより難しいと」
「何だよ。またそれかぁ。
お前が元気なら、なんでやねん!!ってハリセンツッコミ入れるところだわ。
お前さ、そういうとこだよ。
いつもいつも、過保護過ぎ。
ハンちゃんを信じてないのか?」
「信じていませんよ。あの方は自分の能力を過信するところがある。
いつも無謀で、無茶ばかり。
付き合うこちらの身も」
「俺が言いかけたこと、言うよ?」
勇者が俺を遮る。
「俺はさ、ハンちゃんが、ってより、むしろ執事くん、君の方が、一旦ハンちゃんから離れるべきだと思う。
君は、自分の人生をハンちゃんに依存しすぎだ。
それは、マトモな人間関係とは言えないんじゃないか?」
「依存?」
俺はフッと鼻を鳴らす。
「馬鹿な。私は誰がいなくとも、大抵のことはできますよ。実際そうして今まで生き抜いてきた」
「外側の問題じゃねーよ。内側の話。
君の心の中の話。
空の巣症候群って言葉、知ってるか?
子供が独立して、喪失感に苛まれる親の心理を指した言葉だよ。
今の君には、それに近いものを感じる。
昔屋敷でね、年配メイドがよく言ってたんだよ。寂しい寂しいって。
だが、君はそれよりたちが悪い。
ハンちゃんが心配とか難癖つけて、自分の気持ちと向き合ってねーんだ。
寂しいのは、君だろ?
一緒にいないと困るのも、やってけない不安を感じてるのも、君の方だ。
そこのところを、履き違えるなよ」
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