774人が本棚に入れています
本棚に追加
とっさのことで、返答に窮する。
本来なら、すぐにでも反論したかった。
が、自らの脳内にある様々な論証をかき集めても、それらは口に出す前に、はらはらとこぼれ落ち、気化していく。
それらがすべて、偽りのものだから。
分かっているのだ、自分でも。
充分に、認識している。
彼の言うことは真実だ。
姫に依存しているのは、紛れもなく、俺の方だ。
彼女で日々を満たすことによって、俺は現実から逃げることができた。
自分の今後とか、未来とか、夢とか、そういう、あるかないかも分からない、不確定で不確実なものの全てが、俺は心底怖かった。
俺は今までずっと、誰かに飼われてきた。
今更鎖を外されても、どこに進めば良いかわからない。
何かに繋がれている方が、楽だ。
だから逃したくないのだ。この手から姫を。
彼女のために生きているという、自身に対する言い訳が欲しいのだ。
今の俺から姫を取ったら、何も残らない。
そんな空っぽの自分と向き合うのが怖いのだ。
それが、醜く歪んだ、俺の本音だ。
「……分かっていますよ。そのくらい」
こぼれ出た言葉は、俺の想像以上にか細く、震えていた。
勇者はふぅとため息をつくと、立ち上がる。
「それなら結構。
ハンちゃんはハンちゃんで好きにするだろうから、君も君で好きにすればいいよ。
離れたほうが、ってのは、あくまで外野である俺の意見だ。
君が一緒にいたいのなら、連れて行ってほしいと、泣いてすがるのもアリなんじゃね?
やりたいように、な。
これは、君にとってもチャンスだと思うぜ。
自分が本当はどう生きたいのか、どうしたいのか、お前主体で考えてみろよ」
そう言い残して、勇者は手をヒラヒラと振りながら、部屋を後にした。
最初のコメントを投稿しよう!