第一章・―遺品整理―

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 まずは引き出し。真ん中の長い引き出しは鍵付きなので後から手を付けるとして、右手にある引き出しから開けていく。    一段、二段、三段……。    一段目にはよく使う物、例えば文房具や筆記具など、メモ用紙がきっちり区分けして置かれている。    二段目には、普段は滅多に使わないが、ないと困る物、例えばセロファンテープや糊など、ハサミがきっちり区分けして置かれている。    そして三段目。開けてみた。……そこには大小様々な形の便箋と封筒が、……正確には、手紙の束がきっちり区分けして置かれていた。    一体何の、誰からの手紙だろう。父にそんなに頻繁に手紙が届いていただろうか、そう思いながらも、気になって一つ束を持ち上げて見た。    手紙の差出人は、意外にも父だった。……誰に送るつもりだったのだろうかと、受取人の名前を確認して更に驚いた。    そこには私の名前が記されていた。そして、別の手紙には母の名前が。    いつも封印する段階までは作業していたようだが、肝心の渡す段になると気が逸れるようで、私も、多分母ですらも手紙の存在は今まで知り得なかった。    父が、あの父が、一番大きな引き出しが手紙で溢れる程に文字をしたためるなんて……。  信じられない思いで一通手に取って封を開ける。    中にはその日あった事、出逢った人々、その人達との会話の内容や、その時自分が何を思ったか、どれだけ家族の事を大切に思っているのか、そんな言葉が流暢な文字で綴られていて、まるで日記のようだと一瞬過る。    他の手紙も大体は同じ内容で、いつも最後の一行で、自分がどれだけ家族の事を愛しているかを告げる言葉があった。    読んでいる内に、本当に何気ない綴り方に父の素朴さ、誠実さを見たような気がして、亡くなった後でも新たな印象を醸し出している。    そうして最後、震える文字でたった一行だけ書いてある手紙を見つける。    ――父さんは、お前達の父さんで居られて幸せだった――。    たったそれだけ。ただ一行なのに。父の温かい人柄が充分伝わってくる言葉で、私は自然に手紙の束を抱きしめながら、まるで心のわだかまりをとかすように泣いていた。    目の前には父が遺した、沢山の宝物。    だけど私達にとってはこの手紙の束が、何より尊い、何より得難い遺産となるだろう――。
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