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「どうしちゃったんですか? 古崎さんらしくないですよ。いつも怖いものなんかないって顔して、俺も羨むほどの自信家……。男だったらこういうことは在り得ることなんじゃないですか? 体調やその時のバイオリズムにも左右されると思うし……。俺、誰にも言うつもりないし、貴方をそういう目で見るとか……考えられないし」
圭志はドアの隙間に体を滑り込ませながら、これ以上ないくらい大きなため息をついた。
「お前に何が分かるって言うんだよ」
「え?」
「お前が今見てるものは全部ウソだって言ったら……。それでもお前は、俺を信じられるのか?」
「嘘って……。どういうことですか?」
玄関に入った圭志はドアレバーを強く握ったまま、それ以上開かれることを拒むように仁の靴先をドアで強く挟み込んだ。
一目で高級ブランドの物だと分かる上質な革靴。綺麗に磨かれた靴先に白い皺が寄る。
闇の中に身をおく圭志の眼鏡が廊下の照明に照らされてきらりと光った。
「――何もかも恵まれて育ったお前には到底理解できない事だよ。お前は……まともな奴と結ばれる運命なんだよ」
「まともって何ですか? それじゃまるで、古崎さんがまともじゃないみたいな言い方……」
「まともじゃない。俺は――お前に愛される資格なんてない。何の役にも立たない、死ぬことが出来なくて、ただ闇雲に生きているだけの男なんだよ」
息をすることも苦しそうに吐き出した言葉が、仁の胸に重く圧し掛かってくる。
これほど痛々しい彼の声を聞いたことがあっただろうか。
厳しい仕事でも、弱音を吐く部下を叱咤しながらも何とか修羅場をくぐり抜けてきた彼が見せた初めての弱さ。
「古崎さんっ」
「――もう、何も話すことはない。帰れ」
圭志が冷たく言い放つと同時に、ドアの隙間に挟んでいた靴先を思い切り蹴られた。
驚きと痛さで反射的に足を引っ込めた瞬間、金色のモールで縁取られたダークグリーンのドアはカチャリと音を立てて閉じた。
部下として一番近くにいたと思っていた彼との間を隔てたドアの冷たさに、仁は額を押し当ててしばらく動くことが出来なかった。
「古崎……さん。俺じゃ、ダメ……なんですか? 俺じゃ……」
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