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 長い時間シャワーを浴びていても、その指先にはまだ仁の舌先の感触が残っていた。 「仁……」  初めて部下を名前で呼んだ。  濡れた指先を自身の口に含みながらそっと目を閉じる。そして、感じないはずのペ|ニスに手を添えて上下に扱きあげた。  外回りを終えて戻ってきた後の汗と香水が入り混じった何とも言えない淫靡な香りが頭をよぎる。 「ん――っ」  触れること、愛撫することを拒んだ体が求めているのは、きっと――。  圭志は初めて誰かのことを思って自慰に耽った。  勃起も絶頂もない。でも、仁の手や香り、そして気配を思い出すだけで幸せな気持ちになれた。 「叶わない恋……だったな」  冷たいタイルの床に足を投げ出して座ったまま、湯気に煙るバスルームの天井を見上げて一筋だけ涙を流した。  ***** 「さすがに冷えるな……」  秋も終盤に差しかかると、日中は降り注ぐ日差しで暖かく感じても、夜になると急激に気温は下がる。  体を包むようにして巻きつけた毛布を胸元で掻き合わせながら、仁は口元に毛布を押し当てて小さなくしゃみをした。  深夜のマンションの廊下。冷たいコンクリートの床に膝を抱えて座ることを誰が想像出来ただろう。  圭志とあんな終わり方は出来ない。仁の中で『帰る』という選択肢はなかった。  エントランスにコンシェルジュが常駐する高級マンション。住人以外の出入りは厳しく管理されている。  自宅のキーもカード式のオートロックで、複製を作るには相当な審査と時間を要するらしい。  思いつめた圭志が何をしでかすか不安で仕方がなかった仁は、迷うことなくコンシェルジュの元へ向かった。  そこで「上司の体調が心配で。でも迷惑になるようなことは避けたい」と、部屋に入る許可ではなくあえて廊下で待機させて欲しいと懇願したのだ。  仁の申し出に困惑した彼らではあったが、彼の熱意に負け、身分証となる社員証と運転免許証をカウンターに預けるという条件でそれを許可した。
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