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 営業部のフロアに息を弾ませて駆け込んできた仁の姿に、そこにいたスタッフは皆瞠目した。 「おはようございます! 出先、寄ってきましたっ」  圭志のデスクの前で一礼して、自分の席に戻った仁をわずかに視線をあげて見つめる。  ふわりと香るボディーソープがシャワーを浴びてきたことを教えてくれた。湯上りの様相を見せる彼。おそらく会社の近くのネットカフェで手早く済ませてきたのだと窺える。  そんな彼に即座に反応したのは同じ部署の女性スタッフだった。 「アレ~? 大名くん、もしかして朝帰り……とか? それ、昨日と同じスーツだよね?」 「うわっ。寝過ごして慌ててシャワってきましたって感じ!」  まだ湿り気の残る髪を手櫛で整えながら、相変わらず人のいい顔でそんな彼女たちにはにかんだ笑みを浮かべる。  不躾に矢継ぎ早に聞いてくる彼女たちに嫌な顔一つ見せない。 「あ、バレました?――でも、残念なことに相手の方は不在なんですよね」 「え?」 「昨夜、偶然会った取引先の専務さんと飲んでて……。気が付いたら終電逃して。会社に比較的近い場所だったんでタクシーで帰るのも面倒だし、ネットカフェで一夜を過ごしてました。あははは……」  屈託のない笑い。その言葉を『嘘』だと疑うスタッフが、ここに何人いるだろうか。 「相変わらず可愛いよね~。大名くん、モテるのに勿体ない!」 「すみません……。俺、男にしか欲情しないんで」  素直に謝るところが実に彼らしい。この部署のスタッフは皆、知っている。  彼が狙っているのは上司である圭志だということを……。でも、それを口に出さないのは、圭志が感情を表に出さない脅威の存在だから。 「それがなかったら私、絶対誘ってる!」 「私もっ」  次々に手をあげる女性スタッフに嬉しそうに「ありがとう」と応えながらノートパソコンを開いて電源を入れるのを視線の端に捉えていた圭志は小さくため息をついた。  αの技量。αの能力。αの順応性――。  彼に足りない物は何もない。むしろ、それを脅かそうとしているのは自分の存在。  手元に広げた書類に目を通し始めた仁の目が仕事モードへと切り替わる。今朝、自分にだけ見せた屈託のないはにかみは夢だったのではないかと思うほど、仕事に対する熱量に圧倒される。
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