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そう――彼は優秀な両親の遺伝子を引き継いで生まれたα。
この世界には男女という性別の他に、さらに三つの性に区分されている。
あらゆる分野で指導者的立場となりうる優秀な支配者の遺伝子を持つα、そのαの番となるべく男性でも子供を成すことが出来る特殊な能力を持った希少種Ω、そしてごく一般的な能力を持つβ。
αは自身の有能な子種を残すために、同種同士の結婚はもちろんではあるが、その力を損なうことなく子を成すΩと番うのが通例だ。
しかし、相性の良し悪しで結婚生活が破綻するケースも年々増え、ただでさえ稀少なΩもレイ|プなどの性犯罪に巻き込まれ、その数は急激に減少傾向にあった。
二十七歳になったばかりの仁だが、ゲイであると公言していても女性から誘われることは多い。面倒な付き合いなどきっぱり断ればよいものを、彼の人の好い性格が幸いして、つい一緒に出かけてしまうため、翌朝には社内中に噂が広がっているという実に損な役回りだ。
そんな彼ではあるが、絶賛片想い中の相手はいる。
脈アリ……とは到底思えない相手ではあるが、一度好きになったら溢れんばかりの感情を抑えられない一途な性格故に、相手にウザがられても毎日の日課のように愛の告白を続けている。
その相手が上司である圭志だ。
入社して三年目の春、営業部配属になったその日に一目で恋に落ちた。
同じ社内にいながら、どうしてもっと早く出会えなかったのだろう……と当時の人事担当者を未だに恨んでいる。
それほど圭志との出会いは鮮烈で、心が激しく揺さぶられる何かを感じた。
(これって、運命の番ってヤツなのでは……)
しかし、そう思っているのは仁だけで、圭志は上司と部下という関係を守り通している。
どれだけ口説かれても、どれだけ高価なプレゼントをされても、別段表情を変えることなく、さらりと受け流している。
「――よくもまあ、毎日飽きずにそんな歯の浮くようなセリフが言えるものだな」
呆れすぎてため息も出ないというような顔で黙々とコピーを続ける圭志の襟足に鼻先を擦りつけながら、これ以上ないほど低く、そして甘い声で囁いた。
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