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「古崎さんってチョコレートの匂いがするんですよね……。運命の番にしか分からない匂いって甘いって聞くじゃないですか? α同士の番は最も相性が良いっていうし……」
「そんなの医学的根拠は何もない俗説だろ。――ってか、重いんだよっ」
「え? 俺の想いが?」
「バカ……。いつまで顎乗せてるんだよ。それより……。都市開発区域に掛かる移転の説明会、順調に進んでるのか? お前に任せっきりにしていた俺も悪いが、進捗状況はどうなってる?」
渋々という顔で圭志の肩から顎を退けた仁は、面倒くさそうに髪をかき上げながらわずかに天井を見上げた。
何か困った時があると決まってそうする彼を視線の端に捉えた圭志は小さく息を吐いた。
「順調――ではないみたいだな」
「いや……。いたって順調なんですけどね。ちょっと面倒な地主がいて……。あ、その方に関しては俺が何とかするつもりではいますから! 古崎さんは、ドンと構えていてくださいっ」
愛する者に弱いところは見せられないと言わんばかりに胸を張った仁をちらりと睨みつけ、圭志は抑揚のない声で言った。
「そういう時のお前、結構切羽詰まってること多いよな。無理なら無理だって素直に言えばいいのに……」
「え?」
「いろいろカッコつけすぎて自爆するなって言ってるんだ」
キツイ言い方ではあるが、仁は理解していた。表情も言葉遣いも、自分を表現することが不器用な彼の精一杯の心遣いなのだと。
細く括れたウェストを後ろから抱き寄せて、上着の合わせからすっと手を忍び込ませる。
ワイシャツ越しにツンと尖った胸の突起をやんわりと撫でながら、耳元に唇を寄せた。
「優しんですね。古崎さん……」
ふっと息を吹きかけながら、長い指先が突起を弾くように動く。しかし、圭志の表情は全く変わらない。
自分を愛していると言ってくれる男の存在が煩わしいわけではない。
こんなつまらない男に執着して時間を無駄にするくらいならば、他の相手を探した方がいいのに――と、いつも思っていた。
感情を表に出すことが苦手で、口調も丁寧とは言えない。
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