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細く切れた皮膚からプクリと赤い滴が浮き上がった。それを口に含もうとした圭志の手首を力任せに掴んだのは背後に立っていた仁だった。
「おいっ!」
「大丈夫ですかっ」
そういうが早いか、圭志の人差し指を唇に咥えた仁は赤い滴を掬い取るように舌先を這わせた。
「やめろっ! 離せっ」
身長も体型もそう大差がないはずなのに、圭志は仁の口から自身の指を引き抜くことが出来なかった。
パーテーションで区切られてはいるが、壁の上部は解放されており天井はフロアと一続きになっている。LED照明があるといってもワークスペースに比べれば薄暗いコピー室の内部。
そこで大の男が上司の指先を咥えたまま上目遣いで微笑んでいるのだ。
「は……はな、せ!」
血を――いや、その指先を味わうかのように舌先を這わす仁を鋭く睨みつけていた圭志だったが、不意に膝に力が入らなくなり、コピー機にしがみつくように体を預けた。
「え……。な、なんだ……これっ」
仁の口内に収められたままの人差し指から、じわりじわりと得体の知れない何かが全身に広がっている。
例えるなら毒――。そう、疼きを孕んだ熱と共に腕から胸、そして腰から脚へと徐々に広がっていく。
内腿が小刻みに震え、下半身にわだかまった熱が何ともいえない気怠さを伴う。
「大名……っ。放せっ!――んふっ」
吐き出す息が熱い。体が燃えるように熱い。この感覚は遠い昔に失ったはずだった。
もう二度とないと思っていた、懐かしくも浅ましい感情。
「――古崎さん」
見せつけるように厚い舌を指先に絡ませた仁の栗色の瞳が欲情しているかのように濡れ始める。
両手で包み込むように圭志の手を握り、憑りつかれたかのように指先を舐める仁。
それを驚異の目で見つめながらも、圭志もまた自身の体に起きている変化に動揺を隠せなかった。
「いや……。っふ……ぅ」
腰の奥が重怠く、籠った熱が出口を求めて渦巻いている。霞がかかったかのように頭の中が真っ白になっていく。
(こんなはずはない……。絶対に、あり得ない!)
底知れぬ恐怖に身を震わせた時、下半身で何かが弾けた。
「あぁ……っ」
喉を反らせ、顎を上向けたまま吐息交じりの声を上げた。そのまま、ぐったりと力なく崩れそうになったところを仁の力強い腕がしっかりと受け止める。
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