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「古崎さんっ」  唾液に濡れた指先をだらりと落とし、圭志は頬を上気させたまま眼鏡越しに仁を睨みつけた。 「お前……。なにを、した」  地の底から響く唸り声のようにも聞こえた圭志の言葉に、仁は困惑したまま動くことが出来なかった。  胸を大きく喘がせて呼吸を繰り返す圭志の下肢からは青い特徴のある匂いが広がっていた。 「古崎さん……まさかっ」 「う、るさい!」 「え……。どういうことですか? なんで……イッちゃってるの? え……?」 「お前の、せい……だろーが!」 「俺の……せい? ち、ちょっと待ってください! 俺、古崎さんの指を舐めただけですよ。まぁ、ちょっと調子に乗ったことは認めますけどっ」 「それ、だけじゃ……ないだろ! 俺が……こんなこと、あり得ないんだよっ」  確かに。自分でも不感症であると言い切っていただけに、仁がどれだけセクハラまがいの行為をしても、圭志は表情一つ変わることはなかったし、感情を乱すこともなかった。  それなのに――。 「――ってか、今はここで揉めてる場合じゃないですよ。俺、古崎さんの鞄持ってきますんで、このまま外回りでNR《ノーリターン》しましょう。マンションまで送りますからっ」  体を支えるようにして、圭志の二の腕を掴んでいた手を離す。咄嗟に何かに縋るように圭志が仁の腕を掴み返していた。 「古崎さん……」  はっと我に返った圭志が掴んでいた手を離す。スーツの生地越しでも分かる力強い腕……。  その腕に縋って、今――何をしようとしたのだろう。 「――すまない」  部下の前でこんな惨めな姿を晒すことになるとは、圭志自身思ってもみなかった。  αとして他の誰よりも努力し、地位も財力も築いてきたというのに……。  一瞬で砕け散った偽物のプライドは、やはり脆く儚かった。  デスクの方へと向かう仁の広い背中を見つめながら、わずかな時間ここに誰も近づかないでくれることを願った。  もう課長の椅子も見えているというこの時期に、薄暗いコピー室で着衣のまま射精してしまうなんて。もしも誰かに知られたら「一体何をしていたんだ」と社内に一瞬にして広がるのは目に見えていた。
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