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やけにストーブが効いている教室内にはこの日特有の甘い香りが立ち込める。
好きな男子に…というよりは友達同士のチョコレート交換会がメインとなっている今日である。
「はい奈菜、これ私から」
チョコレートを受け取るとすぐさま自分のものを渡す。正直面倒なイベントだ。
「皆、これ良かったら食べて…」
声をかけてきたのはかつて私達のグループのリーダー格の理恵から嫌われて、散々にいじめられている広美だ。
「わあ、ありがとう?」
理恵はわざとらしく大げさに喜び、受け取るとゴミ箱へ放った。グループ内の他の人や私もそれに倣う。心が傷むがグループでやっていくためには仕方がない。
理恵が広美を無視して話を始めると寂しげな表情と諦めた表情を覗かせた後、広美は他のクラスメートにも配り始めた。全員分作ってきたようだ。いじめに加担していない静かなグループの子達や男子は素直に受け取ると頬張り始めた。
広美の顔に笑顔が灯ると荒んだ心が少々癒える。
その様子を見た理恵の表情は曇天だ。が、何か思いつくと晴れた。
「そうだ広美、これ私達から」
そういうと理恵はチョコレート型の消しゴムを取り出して広美に詰め寄る。
「食べてくれるよね? ほら、食べろよ」
----更に詰め寄ろうとしたとき、理恵が季節外れの花火のような音を立てて派手に転んだ。
瞬間静まり返る教室… 静寂を破ったのは広美だった
「そろそろ効いてきた?この部屋には神経系の毒ガスが充満してるよ。」
広美の表情は歪んだ笑顔で満ちている。何が起きている理解するのを拒否しようとする脳を体が理解させる。手足が痺れてきている。死の淵に立ちながら頭が徐々に徐々に冴えてくる。
そうか、冬の寒さがピークのこの時期の教室ではストーブがフル稼働で多少のガスっ気には気づかないうえ、窓は閉め切っていてガスはすぐに充満する。室内に充満する甘い香りで多少の異臭は誤魔化せる。正にこの日にしか実行できない巧みな計画だ。そういえば広美はこの進学校のなかでも屈指の頭の良さだっけ…
しかしここで一つ不審な点に気付いた。いじめをしていた私達のグループ以外の人間は普通の様子なのだ。痺れが強くなり、眩暈もしてきた頃広美が口を開く。
「あーあ、理恵達捨てちゃうから、私からのチョコ、中身はアセチルコリン…解毒剤だったのに」
薄れゆく意識の中、窓の外では雪がしんしんと舞っていた。
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