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その日の放課後、光汰は久々の学校に若干の疲れを感じていたが、恋人の呼び出しに応じた。
「コウくんが無事で良かった。ずっと心配してたんだよ」
藍が右手のティーカップを机に置きながら言った。
光汰は藍に連れられ近所の喫茶店で一息ついていた。光汰は藍と同じく紅茶を注文したが、あまり飲む気にもならないでいる。
「ごめんな」
光汰は気が引けるような思いで目尻を下げた。
それを見た藍は、静かに首を横に振り寂し気な表情を作る。
「ううん。でも、今は辛いかな」
「え? どうして?」
光汰は驚いたように顔を上げると、伏し目がちな藍の顔を見つめた。
「だって……コウくん、すごく辛そう。それを我慢して、私に見せないようにしてるのが分かっちゃう。それを見るのがたまらなく辛いよ」
「そ、そんなこと……」
光汰は否定しようとしたが、上手く言葉に出せなかった。
藍はきゅっと口を結び、光汰の言葉を待っている。
「だって、俺のせいで和馬が……」
『全て話して楽になりたい』。その衝動に駆られ、光汰は口を滑らした。しかし、藍へ話すべき内容ではないとすぐに思い直し、言葉を中途半端に切った。
もちろん藍は聞かなかったふりなどしない。
「えっ? それって……」
「い、いや、なんでもない」
光汰は慌てて俯く。
「……コウくんはね。優しすぎるんだよ」
藍は目を細め慈愛に満ちた微笑みを浮かべる。
「俺が?」
「うん。それに、正義感が人一倍強い。そのおかげで今、二人でいられるんだけどね」
藍は嬉しそうにはにかむ。藍を交通事故から助けたときのことを言っているのだろう。
「でもその分、コウくんは気を張りすぎなんだと思う。だからもう少し、自分を優先してもいいと思うよ」
「そ、それは……」
影仁にも言われたことだった。
――お前が力を持っているからといって、一般市民を守る義務があるわけじゃない。お前は、自分の目的のためにその力を使えばいい――
「もちろん、友達が亡くなって悲しむのは当たり前。でも、それをいつまでも自分のせいにして悔やむのは、誰も望んでないよ」
藍の言葉には力が篭っていた。簡単に否定させるつもりはないというように。
「藍……ごめん。俺って酷い男だなぁ。彼女が心配してくれてるのに、自分のことばっかりだ」
光汰は力なく笑い、後頭部をかいた。
藍は首を横に振る。
「違うよ。優しいだけだよ。それがコウくんの良いところ。でも、私はコウくんと一緒に笑い合いたいから、なにかあったら私を頼ってよ」
いつもは、ほんわかとして柔和な藍が強い意志を秘めた瞳で光汰を見つめる。
光汰は頷くと照れくさそうに「ありがとう」と呟いた。
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