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「お父さん。今日も遅いね。」
「お父さんはね、ママと優くんの為に一生懸命働いてくれてるんだよ。さぁ、もう寝ようね。」
息子の優太を寝かしつける。
本当は今日も帰ってこないのは分かっている。
あの人はあの女の所にいる。
私の幼馴染のあの女の所に。
キャリアウーマンだった私にしつこく着いて来て、結婚なんかする気も無かったのに子供ができて、仕方なく仕事を辞め籍を入れた。
よく幼馴染は遊びに来ていた。私とは正反対の性格で可愛らしく男に媚びるのが得意な女だ。
昔から人の男を欲しがる癖があった。
私がそれに気づいたのは、子供を寝かしつけに行って戻った時。
2人の熱いキスを見てしまったからだ。
私は冷静さを保った。そこで泣きわめけば良かったのか…。私のプライドが邪魔をしたのかも知れない。
それから、夫は家に帰らない日が多くなっていった。
私が浮気を許したとでも思ったのか。
私は夫の前では冷静さを保ち続けている。心の中では幼馴染を殺してやりたいと思うのに。
今日も2人が熱い抱擁を交わしていると思うと居ても立っても居られない。
私には指一本触れないのに…。こんな事、誰にも相談できない。又私のプライドが邪魔をする。1年程経ち、夫は以前の様に家に帰って来るようになった。幼馴染に飽きられたのだろう。
普通に帰って来て、普通に過ごしている。
私だけがわだかまりを持ったまま、淡々と毎日過ごしていた。
息子が小学校に上がったのと同時に私は仕事に戻った。
家政婦を雇い、家の事を任せた。
夫はその家政婦にも手を出すようになっていった。
「お父さん、又帰って来なくなったね。」
「お父さんね。仕事が忙しいのね。」
もう、来年中学に上がる息子の受験を控えていた。
「お母さん。もう頑張らなくていいんだよ。」と、息子が突然切り出した。
「僕、本当はずっと知っていたんだ…。お父さんが帰って来なくなる理由。お母さん。僕はお母さんを捨てたりしないからね。だから、僕の為に苦しむのはもう、辞めていいんだよ。」
その瞬間 私の冷たく冷え切った心が溶け出した。泣く事も、騒ぐ事も、笑う事さえ出来なくなっていた心。
私は息子にしがみつき声を上げてわんわん泣きじゃくっていた。涙が流れる度に冷たい心が少しずつ暖かくなっていくのが分かった。
次の日、私は夫に離婚届を差し出した。
夫のオロオロとする姿がやけに可笑しくて笑ってしまった。
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