第六話:九

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 事件以降、聡志たちの近況は深津を通してしか聞いておらず、皆元の生活に戻ったという事以外は分からなかっただけに、この来訪は嬉しいものだった。 その後、聡志の生活の話になると、 「そうだ。今、笛を一から習ってるんです。まだまだ下手くそで、師匠を困らせてばっかりですけど……」  と、自分で購入したという真新しい横笛を見せてくれた。 「凄い! どこで習ったはるんですか?」  と、大が教室の場所を想像していると、 「私だよ」  と、業平が手を上げた。 「ま、私も暇だし、聡志くんにも迷惑かけたからね。笛が吹けるようになるまでは、付き合ってやろうと思ったのさ。ついでに、笛に名前もつけてやったぞ」  という笛の名前は、睦月(むつき)、というものだった。 業平自身はこの話題についても終始気さくだったが、実際となると、六歌仙にも選ばれた歌人、名高き文化人としての気質が出るのか、 「でも、あの人……いざ教えてもらうと、意外に厳しいんですよ」  と、聡志が大に耳打ちした。 ただ、彼自身はそんな稽古を嫌とは思っていないようで、 「業平様のお陰で、上達は、かなり速くなってると思います。ここだけの話ですけど……いつか、業平様や浄蔵様にも負けない腕前になって、月詠にもう一度聴かせたいんです。今度はちゃんと、俺の実力で」  と穏やかな決意の表情をする。 まるで物語の一つ、その後日談を聞いているようで、大は思わず、 「その後でいいですから、いつか、私にも聴かして下さいね」  と、約束を取り付けていた。
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