1349人が本棚に入れています
本棚に追加
/106ページ
事件以降、聡志たちの近況は深津を通してしか聞いておらず、皆元の生活に戻ったという事以外は分からなかっただけに、この来訪は嬉しいものだった。
その後、聡志の生活の話になると、
「そうだ。今、笛を一から習ってるんです。まだまだ下手くそで、師匠を困らせてばっかりですけど……」
と、自分で購入したという真新しい横笛を見せてくれた。
「凄い! どこで習ったはるんですか?」
と、大が教室の場所を想像していると、
「私だよ」
と、業平が手を上げた。
「ま、私も暇だし、聡志くんにも迷惑かけたからね。笛が吹けるようになるまでは、付き合ってやろうと思ったのさ。ついでに、笛に名前もつけてやったぞ」
という笛の名前は、睦月(むつき)、というものだった。
業平自身はこの話題についても終始気さくだったが、実際となると、六歌仙にも選ばれた歌人、名高き文化人としての気質が出るのか、
「でも、あの人……いざ教えてもらうと、意外に厳しいんですよ」
と、聡志が大に耳打ちした。
ただ、彼自身はそんな稽古を嫌とは思っていないようで、
「業平様のお陰で、上達は、かなり速くなってると思います。ここだけの話ですけど……いつか、業平様や浄蔵様にも負けない腕前になって、月詠にもう一度聴かせたいんです。今度はちゃんと、俺の実力で」
と穏やかな決意の表情をする。
まるで物語の一つ、その後日談を聞いているようで、大は思わず、
「その後でいいですから、いつか、私にも聴かして下さいね」
と、約束を取り付けていた。
最初のコメントを投稿しよう!