第2話 東京港

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 やがて行列の先にゲート―――錆びついた高い鉄柵が二重に設置してある入り口が見えてきた。その鉄柵を二つ潜れば、その先はいよいよ《監獄都市・東京》だ。ゴーストの列はその鉄柵の中に一人ずつ粛々(しゅくしゅく)と吸い込まれていく。  すぐに深雪の番がきた。まず一つ目の鉄柵の入り口の両側に待機している特殊部隊と思しき警察官の一人が、深雪の両手と首に()めてある《護送具(ごそうぐ)》を外す。そして、もう片方の警官が外した《護送具》の番号を確認し、「二〇五番」と読み上げた。良く通るが無機質な声だ。  すると《護送具》を外した警察官が深雪の肩を無造作に掴み、押し込めるようにして鉄柵の向こうへと追いやった。深雪はされるがまま大人しく従う。  二重の柵(ゲート)の間には高速道路の料金所のような窓口があり、そこにもまた別の警察官が待機していた。  警察官は手元の書類に目をやり、やはり簡素な声で「二〇五番……雨宮深雪だな?」と言った。  深雪は短く「はい」と答える。  すると窓口の警察官は顔をひっこめ、奥の壁一面に設置してある大きな荷物棚へと向かった。そこから番号札に該当(がいとう)する荷物を引っ張り出し、各ゴーストへと手渡してゆく仕組みなのだろう。  どうやら《監獄都市・東京》に入る際には、一定の金銭や生活用品といった私物の持ち込みが許されているらしい。もちろん武器や薬物、爆発物といった危険物が持ち込まれる危険性もある。だから厳重な審査(しんさ)が行われたうえで、許可された物のみを《監獄》に持ち込むことができるのだ。  やがて窓口の警察官は深雪に一枚の黒い封筒を手渡してきた。深雪は黙ってそれを受け取り、奥の鉄柵(ゲート)を潜る。その先はターミナル施設の出口だった。 「あれ、荷物はそれだけですか?」  後ろに並んでいた田中が深雪に追いついてきて、そう声をかけてきた。どうやら彼も窓口で荷物を受け取ったらしく、小さなバックパックを両腕で担いでいる。久藤や河原、稲葉といった船で同室だった者達もそれぞれの自分の持ち物を確保し、ゲートを潜り抜けてくる。  囚人護送船(よもつひらさか)でゴーストを管理していた看守や、港を警備していた機動装甲隊の姿はどこにも見えない。どうやら彼らの任務はあくまで『囚人』の出迎えのみであるようだ。『監獄』の中では見張りもないかわりに、寝床や飯もない。各々、自由にやってくれということのようだ。  稲葉や河原ら四人はひと息つくと、固まってこれからのことを相談しはじめた。 「やれやれ、肩が凝ったぜ……ところで俺たちゃどうすりゃいいんだよ、これからよ」 「そっスよねー……あの黒い兵隊さんに始終つきまとわれるのも迷惑だけど、こういう放置プレーもどうなんだって感じっスよ、ホント」 「……とりあえず街のほうへ行ってみましょうか」  顔をしかめながら(うめ)く河原と久藤に、田中がおずおずとそう提案する。すると稲葉がほかの者を手招きし、声を潜めて切り出した。 「なあ……あれだろ? この街は《関東大…何とか》って壁でザックリ仕切られてるだけなんだろう? 探せば抜け穴とかあるんじゃねえか? 《壁》の外に出られる抜け穴がよ」 「そうだよなあ。東京には化け物みてえなゴーストもいるって話じゃねーか。どっかに穴のひとつくらい空いてるだろ」  河原も声をはずませる。  ところが久藤と田中は顔を見合わせ、肩を(すく)めた。 「あんま期待しないほうがいいっスよ~?」 「何だよ、どういう意味だ?」  ムッとする河原に、田中は眼鏡を押し上げつつ説明をはじめる。 「知らないんですか? どういう仕組みかは知りませんけど、ゴーストは《関東大外殻(かんとうだいがいかく)》を決して抜け出せないんですよ。そうでなきゃ、閉じ込める意味がないでしょう? 税金の無駄遣いなんて叩かれることもありますけど、あの壁は我が国の技術を結集させた史上最高の防御壁なんです。そうでなきゃ今頃、この国はゴーストであふれ、荒廃(こうはい)しきっているはずですよ」  そう田中は誇らしげに胸を張った。まるで自分がゴーストとしてこの街に収監(しゅうかん)されたことなど忘れ去ったかのようだ。彼はまだ自分がゴーストであるという意識が低いのかもしれない。  その説明を聞いた河原と稲葉は激怒した。二人して声を荒げ、田中に詰め寄る。 「バッカ野郎、それじゃ俺たちはここから永遠に出られねーじゃねーか!!」 「だいたいどうやってゴーストだけを閉じ込めてるんだ? 人間は壁を通り抜けられるんだろ? あれか? 《関東大外殻》の壁にはゴースト用の虫よけでも塗ってんのか!?」 「そ、そこまでは知りませんよ! 僕はただ役所の研修でそう説明されただけで……」  気の弱い田中は恰幅(かっぷく)のいい二人の中年に怒鳴られ、再び亀のように首を縮めた。河原と稲葉はそれだけでは気が済まなかったらしく、あれこれと質問を繰り出しては田中を閉口(へいこう)させている。  一方の深雪はそれには加わらず、手渡された黒封筒を開け、中身を確かめていた。中からは一対のキャッシュカードと通帳が出てきた。そこには深雪の名前が印字してある。冷凍睡眠(コールド・スリープ)に入る前に斑鳩(いかるが)科学研究センターに預けてあったもので、現金にして一千万が振り込まれてあるはずだ。 (……説明通りなんだな)  斑鳩(いかるが)科学研究センターの白衣を(まと)った不気味な研究員の、無機質な説明を思い出す。 『これは君が我々のゴースト研究に協力してくれた謝礼だ。遠慮しなくていい。最初からそう決められていたんだ。ご両親にはもっと莫大な金額の謝礼(しゃれい)が渡されているはずだよ』  ―――謝礼。  別にこんなものが欲しくて研究に協力したわけではない。ただ、未来に行きさえすればゴーストを治療する方法も見つかり、すべてが元に戻るのではないかと思っただけだ。  だが、現実は何も変わっていない。それどころか、より悪くなっただけだった。 「くそっ……!」  深雪は小さく吐き捨てる。一瞬、このカードと通帳を封筒ごと投げ捨ててやろうかとすら思った。東京湾にこれを投げ捨ててやったら、どれだけ清々(せいせい)するだろう。  だが、深雪はそれをしなかった。これから東京の中で生き残っていかなければならない。この薄っぺらいカードと通帳が深雪の全財産であり、命綱とも言えた。失えば無一文になってしまう。感情に任せて、そんな無駄なリスクを負うわけにはいかない。  深雪は顔をしかめると、苦々しい思いでカードと通帳を封筒に仕舞い、乱暴にジャケットのポケットに突っ込んだ。そして街中を目指し、ターミナル施設の出口に向かって歩きはじめる。 「おい、兄ちゃん! どこに行くんだよ!?」  深雪の動きに気づいた河原が声をかけてきた。 「あのう……あまり単独行動はしないほうがいいですよ。僕達、まだ右も左も分からないわけですし……!」  田中の声がそれに続くが、深雪は彼らの呼び声を無視して歩き続けた。
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