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第3話 二十年の歳月
人員勧誘の喧噪を抜け、ターミナル施設の外に出ると、見覚えのある湾岸ベイエリアの光景が広がっていた。
空は相変わらずどんよりとしているが、晴れ間がずいぶん広がっている。その下に広がるのは整備された都市空間に、大型商業施設や高速湾岸線の高架橋。どれも少々古くなっているようだが、二十年前のままだ。
深雪は思わず懐かしさに包まれた。東京に戻ってきたのだという実感がようやく湧き上がってくる。
だが、まだ安心はできない。《監獄都市》となった東京は日本全国から送り込まれたゴーストであふれているという。今や東京の人口の大部分はゴーストだ。中には凶悪なゴーストもいることだろう。油断は禁物だ。
とりあえずは、実家と母校である高校に足を運んでみるつもりだ。ゴーストになる前―――自分がまだ人間だった頃、当たり前のように生活していた場所だ。どうしても確かめずにはいられなかった。高校も実家も残っているかどうかも怪しいが、それでもこの目で見てみたい。
深雪はフードを目深に被ると、両手をポケットにつっこんで歩きはじめた。
その時、後ろに人の気配がする。振り返ると護送船で一緒だった四人が深雪について来ていた。
「……なに。俺に何か用?」
深雪が振り返りざまに尋ねると、四人は戸惑ったように顔を見合わせた。
「あ、いや……用ってほどじゃないんっスけど………」
茶髪の若者、久藤はそう苦笑いをする。
一方の河原は深雪を睨むようにして聞いてくる。
「おい、小僧。お前、どこに行くつもりなんだ?」
「……。そんなこと、お前らには関係ない」
深雪は冷たくあしらうが、四人は引き下がる様子がない。田中がバックパックを抱え直しながら口を開いた。
「あのう……もしかして君はここの土地勘があるんじゃないかな? 東京の地理って昔と大きくは変わってないって言うしね。地図そのものはネットでも手に入るし」
深雪は答えなかった。それを肯定と取ったのだろう。四人はほっとした様子を見せ、こちらに近寄ってきた。
「やっぱり……僕達、みんな地方出身者なんですよ。おまけに何も知らなくて……。まさか自分が東京に送られるなんて思いもしなかったからね。準備をする間もなく連れて来られちゃったものだから、東京駅がどっちかも分からなくて……」
田中はそう言って困ったように笑い、肩を竦める。
それでも深雪は突き放したような態度を崩さなかった。
「好きにすればいいだろ……このまま付いて来られても迷惑なんだけど」
久藤と田中が明らかに戸惑ったような表情をした。どうして深雪がそんなにトゲのある態度を取るのか分からないのだろう。
河原と稲葉にいたっては深雪の態度にカチンときたらしく、明らかにムッとした表情をしている。
「おい小僧、それが目上の人間に対する態度か!?」
稲葉がそう声を荒げるも、深雪はそれを無視し、くるりと踵を返す。
「あ、ちょっと……!」
「おい、待てよ!!」
「何なんだあいつ……!?」
背後で四人が悪態をついているのが分かったが、深雪は足を止めることなく聞き流した。
彼らもまた曲がりなりにもゴーストだ。ゴーストがどれだけ危険な存在か、深雪は嫌というほど知っている。だから、できるだけ早急に離れてしまいたかった。
おそらく彼らのアニムス波の数値は決して高くはない。そう分かっていても、彼らを信用する気にはなれなかった。
東京港での騒ぎが脳裏にこびり付いているからかもしれない。あんな自分と近しい年頃の少年でも、所有するアニムス次第では殺し合いにだってなりかねないのだから。
その時、頭の奥が疼くような鋭い痛みが走った。
たくさんの悲鳴や呻き声。
視界を覆う、炎まじりの黒い煙。
コンクリートの床を真っ黒に染め上げるほどのおびただしい流血。
それが放つ生々しい臭い。
すべてが真紅に塗り潰された、禍々しい光景。
―――二十年前の記憶が急に襲いかかってきて、深雪は思わず思考を中断した。
どんなに忘れようとも逃れられない、忌まわしい記憶。自分の犯した、怖ろしい罪の残滓。
それを振り払うように深雪はぎゅっと目を瞑る。今は感傷に浸っている場合ではない。とにかく前に進まなくては。
そして閉じた目を見開き、視界の向こうにそびえるビル群を睨むと、再び歩きはじめたのだった。
しかし、すぐに深雪は現実を思い知らされることとなった。
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