序章

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 国風文化の風が吹き荒れ貴族達が我が世の春を謳歌する平安の世。この世においてこれを嘲笑う男がいた。 この男の名は西京院万象…… 京の都にてヤミ陰陽師をしている最強の陰陽師である。 元々は遣唐使であったのだが、菅原道真公の進言から遣唐使が廃止された事により遥か遠くの唐の国は長安の都にて風来坊となってしまった。これを良しとした西京院万象は世界を旅して回る事にした。 それから間もなくの事、万象は唐の国の支配の及ばぬ山奥で力尽きようとしていた。何も食べるものも無く山奥を覚束ない足で歩いていたところ、地面に膝を付き倒れ込んでしまった。その音を聞きつけて狼どもが万象の肉を食らおうと続々と近づいてくる。 万象は袖から人形(ひとがた)の紙を出して人形の兵士で狼を追い払おうとしたが、人形は兵士にならずに虚しく地に舞いながら落ちるのだった…… 「お腹が減って式紙を呼ぶことすら出来ませんね。狼達の腹を満たしてやるのもまた一興か」 狼の群れが一斉に万象の身体に飛びつく。狼の牙や爪が容赦なく万象の身体を引き裂く。長安の都を出る時に着ていた袍形式(ほうけいしき)の着物が万象の血で染まって行く。血の臭いに引き寄せられて益々狼達が集まってくる。西京院万象、絶体絶命の危機である。 「最期に甘い干し柿が食べたかったですねぇ」 万象はこう言いながら地面に倒れ込んだ。一匹の狼が万象の頭を咥えてブルブルと頭を震わせる。持ち上げられた万象の頭から烏帽子がぽろりと落ちたその瞬間、一条の矢がその狼の腿に刺さった。痛みに耐えきれなかった狼は咥えていた万象の頭を離す。その刹那、近くに松明が投げ込まれた。火を恐れた狼の群れは万象を置いて尻尾を巻き逃げ出す。 「こりゃあいかんな。せっかく助けたのに齧られてボロボロだ、もう死んでるだろう」 毛皮の服を纏った狩人らしき唐人はうつ伏せで血まみれになっていた万象を仰向けにして心臓に耳を付けた。すると、ドクンドクンと言う鼓動がハッキリと聞こえた。 「なんてこった。この人ボロボロなのにまだ生きてらぁ」 狩人達は万象を抱えて自分の村に連れて行き懸命の手当を施した。
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