その名はチョコレート

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 ドアを(たた)く音がした。 「どうぞ」  私は振り向きもせず答えた。大方あの男だろう。 「失礼します」  予想通り入って来たのは、バ・ウワウ食品の企画室長だった。全く何でいつもアポなしでいきなり来るんだか。まあ、彼の会社からは莫大な資金援助も受けているから、無碍(むげ)に追い返す訳にもいかない。 「いらっしゃる時は、事前に連絡をいただけるとありがたいのですが」 「申し訳ありません。近くまで寄ったもので、つい。ところで亅  と室長は悪びれず営業スマイルを浮かべた。やはり、こちらが本題だ。 「例のもの、そろそろ完成とのことですが、いかがですか?」  例のもの、とはあれだ。バ・ウワウ社の"伝説の食品"シリーズ。我が研究室との共同開発で、現在 第5弾が絶賛発売中である。私の研究テーマは『失われた文明の失われた食品の再現』であり、利益が一致しているという訳だ。便乗する形で大学の考古学研究室も恩恵を受けている。 「ああ、"チョコレート"のことですね。成分分析と、製法の確認も取れています。板状に成型するのは前回の技術が使えるでしょう。ただ…」  問題は使用する食材に我々に有害な物資が含まれていることだ。 そのことを指摘すると室長はにこやかに答えた。 「その件でしたら既存の代用食材の手配が済んでおります。近日中にお届けしますよ。」 「ありがとうございます。助かります。」  この点だけは感謝する。 「いえいえ、お安い御用ですよ。何しろ前回は一から開発でしたからねえ。」  もっとも、そのおかげで製法特許を取り、独占ヒット商品になったのだから、何が幸いするかわからないというものだ。
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