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「だから。奏音がはじめたんだろ?」
「対抗されるとは思わなかった」
口を尖らせて言うから、またおかしくなって肩が震えた。
「するよ。オレだってしたいもん」
「んー。だって今日の星児なんだかかわいいから、僕がもっとかわいくしてあげたいの」
「ハァ? どのへんがかわいいの? 目、大丈夫?」
「もう! ほんとだよ? 星児は自分で気づいてないだけ。それか、……僕にしかわからないだけ」
「なにそれ。……いいじゃん」
「でしょ?」
「……ん」
お互いにまた同じタイミングでふふっと笑ってしまう。近すぎてちょっと照れる。いまさらなのに、こうしているとまだ緊張してしまう。怖いのとは違う。心地いい。
「じゃあさ。順番。どう?」
「……賛成。でも先は僕に譲ってね?」
問いかけの口調なのに有無を言わせない響きが宿っていて、そこはもう折れるしかなかった。だって目視ではっきりわかるほど、奏音はヤる気満々だ。その気になりまくっている度でいえば、彼のほうが何倍も上だった。
「座るの交代しよ」
「おっけ」
お互いに我慢はしないということを、あの日、ふたりの暗黙の了解にした。でも、やっぱりどっちがどう、という話は一筋縄ではいきそうにない。ただ、その行き違いや対立さえも楽しんでしまえばこっちのものだ。すれ違いまくってからのいまだから、それがわかる。
できれば奏音の童貞だってオレが奪いたかった。意外とそうやって根に持っていることは、奏音には言っていない。きっと笑われてしまうだろうし、だったら僕だってそうだよ、くらい言われかねない。奪えなかったのは、オレがあのとき浮わつきすぎてしっかり向き合えなかったから。奏音が抱え込みすぎて、オレに本心を告げなかったから。どちらかだけが悪いなんて、もう思わない。お互いの選択があの苦しい日々をつくったことをきちんと認めないと、オレたちは安易にまた同じ道を進んでしまうだろう。
「星児。……痛くない?」
上下を入れ替わった奏音が、膝の上にいるオレを不安げに見上げてくる。その指は、オレの後ろをゆるゆるとほぐしてくれている。もう何度もこのかたちで触れあったのに、もうオレだって初めてじゃないのに、奏音は律儀に毎回確認をとる。よほど自信がないのだろう。それはもしかして、オレのせいだろうか。
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