序章

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 小毬が暮らす樹塚町は、丹奔国の中部あたりに位置する、山沿いの小さな町である。辺境地、という言葉が似合うほどに過疎化した、絵に描いたような田舎町だ。  なだらかな山を開拓して人々が住みついた場所ゆえに、町自体が緩やかな傾斜のなかに形成されている。樹塚町は大きくわけて東丁と西丁に別れており、東丁には分校や公民館などの公的施設が、西丁には古くから樹塚町で暮らす田舎独特の大きな庭付きの一軒家が立ち並ぶ。  つい先ほど一時間に一本のバスで樹塚町のふもとまで帰ってきた小毬は、涼しげな白いセーラー服の裾を揺らしながら、バス停の古びた屋根の下にかかっている時計を見上げた。今日は四時限授業だったこと、そして季節が初夏であることから、まだ帰宅するには早い時間であると判断する。  小毬は学生鞄を抱え直すと、自宅のある東丁を見上げた。緩やかな傾斜のそこここに公共の建物があり、その中でも箱型の木造建築である児童養護施設が、小毬の自宅だった。  小毬は赤子のとき、児童養護施設の門前に捨てられていたという。小毬という名前は施設長である義母がつけたもので、名字は法律にのっとって町長に命名された。よって、小毬が両親から与えられたモノや本当の小毬自身を示すモノは、何一つない。  別に構わない。     
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