第四章 『A』

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第四章 『A』

 飛龍島近郊にある小島に、名はない。  小島と言っても戦艦が入港できる規模の港と三百人が暮らす基地を完備しているのだから、かなりの規模と言ってもいいだろう。  綿貫誠次がこの小島にある基地へ配属されたのは、つい三か月前のことだった。兼ねてより新人種特殊軍及び新人種研究機関を統括している飯嶋大門元帥の補佐官にならないかという話はあったが、誠次は丁重にお断りをしてきた。  この国に五人しかない元帥の一人を直属の上司に持てる栄えある立場は、新人種研究機関の研究員であった義兄の功績に寄るものだ。義兄が何をなして何を得たのか。新人種に関する研究は極秘とされているために、誠次は何も知らない。そんな何も知らない状態で突然元帥補佐官にならないかと声がかかったのだから、喜びよりも驚きが勝った。  政府関係者が住居としている基地の端から、渡り廊下で繋がっている研究施設へ向かう途中、誠次は足を止めた。  真夏だというのに、窓から入ってくる風は涼やかで心地よい。そよ風に髪を揺らしつつ窓の外を覗けば、ここから二キロほどの場所に飛龍島が見えている。  もしかしたら、あそこに彼女がいるかもしれない。     
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