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僕を殺してください。
カラン、と解けた氷がグラスを鳴らす。
ジャズが流れる穏やかな店内に僕の声が響く。
全身の毛穴から狂ったように噴き出す汗が気持ち悪い。
握りしめすぎて白くなった手を見つめる。顔を上げることができなかった。
それは言ってはいけないセリフだ。誰に教わったわけでもないが、言うことすら許されない言葉。僕は本能的に知っている。それを言ってしまった。
昼過ぎの喫茶店。路地裏の目立たないところにひっそりとある古いながらも昭和の雰囲気のある場所だ。近所の住民に愛されており、細々と営業している所だが、平日の昼過ぎともなれば客は落ち着いていた。幸運なことに周りに客はほとんどいない。多分他の人に聞かれていないだろう。それだけが救いだった。
罪悪感で心臓が押しつぶされそうだ。
この一瞬、時が止まったように長かった。
永遠に続いてしまうのではないかとさえ思えた。
ふ、と目の前の少年が息を吐くのを感じ恐る恐る彼を伺う。
弧を描いたきれいな唇が見えた。
「もちろん、いいですよ」
とても穏やかな声だった。初夏の高い気温の中、長そでの白シャツをきれいに着こなす少年はとてもさわやかだった。たぶん同じくらいの年だと思う。それなのに落ち着いた雰囲気が大人っぽく感じさせる。
優しい、悪魔のささやきだった。
それでも、今の僕にとってはこの上なく嬉しい言葉で嬉しさのあまり体の力が抜け、涙があふれそうになった。見られたくなくて咄嗟にまた、うつむいた。
やっと死ねるからか。そんなこと言うな、と否定されなかったからか。
きっと両方だ。
「辛かったんですね」
泣きそうなのがばれたのかもしれない。
返事をしたいけどきっと今しゃべったら声が震えてしまう。
静かにうなずくのが精いっぱいだった。
彼は優しい人なのかもしれない。いや、殺してくれると言っている時点でやばい人なのだが、それでも同情までしてくれるなんて。相談すらできずに悩んでいたから初めてだった。
「じゃあ、二十万でどうですか」
カラン。
また、氷が解けてグラスを鳴らす。
「・・・は?二十万って」
「報酬です」
報酬。
それは僕を殺すという依頼に対する報酬ということだろうか。
「僕が殺されるのになんで金を払わなきゃいけないんですか」
「まさか、慈善事業じゃあるまいし。タダではないでしょう」
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