第二章

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 英語の時間。その一言で大きくなる貧乏ゆすりと飛んでくる舌打ち。 「くさ。何あいつ、くっさいんだけど」 「犯罪者だからガス止められて風呂入れねぇんじゃないの」 「かわいいそう」  ゲラゲラ。   いっそ、殴ってくれればいいのに。殴って、蹴って、ボロボロにしてくれれば、証拠ができるのに。いじめられてるんだ、暴力を振られてるんだ、助けて、そう言えるのに。彼らは馬鹿じゃなかった。証拠を残すような、直接手を下すことはなかった。  もう駄目だ。  正直、限界だった。そもそも、僕が悪い事をしたわけじゃない。確かに、父さんのことは後ろ指を指されるだろうと覚悟していたけど、なんでこんな思いしなきゃいけないんだ。僕が犯罪犯したならまだしも、後ろめたいことは何もない。それにもう、ここまでくるとストレスのはけ口にしているとしか思えない。 「気のせいじゃないかな。菅野君たちも冗談のつもりとか、その程度だと思うよ」  一気に頭が冷めていく。あぁ、全部無駄だった。どんな思いで担任に言ったと思ってるんだ。何を知っていて冗談なんて言えるんだ。見たことないだろう、あの冷たい憎悪に満ちた目を。あのわざと醸し出す嫌悪感を感じたこともないくせに、何を言ってるんだ。 「ストレスたまってるのかな」  変に心配そうな担任が、気持ち悪くて、顔を伏せた。 「なんでもないです」  学校に味方なんていない。頼れる人だってどこにもいない。あと一年以上この生活なんて無理だ。 『死にたい』  誰もいない家でただ一人、指がそう動いていた。    足が重い。全身が怠い。死にたい。 「行ってらっしゃい。お弁当忘れないでね」  明るい母親の声が響く。  学校に行かなきゃ。  死ぬなら準備しないと、それまでは悟られちゃダメだ。  もう、何日も前から自殺方法を検索している。その度に出てくる失敗談に不安が湧いてくるも、もう、戻れない気がした。  その日、少し遅めに教室に入るといつもと雰囲気が違っていた。どこか明るい、浮足立った感じ、そして教室の前方に人だかりができていた。その集団の中心は菅野君でも、橋本君でも、渡辺君でもない。人影から、ちらっと見えた顔に頭が真っ白になった。  色素の薄い髪に整った顔立ち。見間違えるはずない。昨日喫茶店で会った青年が制服を着て立っていた。  なんで、それしか浮かばなかった。
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