第二章

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 今日は飲み会だと言っていた。遅くなるからごはんは母さんと二人で、日付が変わるころに酒の匂いをまとわせふらふらと帰ってきて母が笑いながらおかえり、という。そのかすかな音を扉越しに聞きながらベッドに潜りスマートフォンをいじる。飲みすぎよ、なんて呆れながら言う母の高い声を聴きながら気づいたら寝落ちする。そうなると思っていた。  事故。  自分が、家族がいつ巻き込まれてもおかしくないことは十分知っているはずなのにいざ起こるとどうしたらよいのか全く分からない。  関節がさび付いたブリキの人形のようにうまく動かなかった。 「とりあえず病院行かなきゃ」 「あ、うん」  ギギ、と音がしそうな関節を無理矢理動かして上着を羽織った。きっとおかしな動きをしていただろうがここには笑う者もいない。  準備しなきゃ、と焦る母は動揺しながらも冷静だった。タクシーを呼び戸締りをして父の実家に電話をしている。その様子をただ、ソファで貧乏ゆすりしながらぼんやりと眺めているだけだった。  数分でタクシーがやってきて二人でそれに乗り込んだ。  事故。追突されたのだろうか。父さんは無事なのだろうか。まさか、命に関わることになる、とか。いやいやいや。そんなはずは・・・。  なぜないと言えるのか。冷静に考える自分もいた。事故なんてどこでも起こりうる。生きるということは常に死と隣りあわせではないか。それを平和ボケしたお前は考えようともしていなかっただけだ。  いやなことを考えたくなくて窓の外を眺める。薄暗い街灯に照らされた住宅が通り過ぎる。見慣れた近所の景色も今日は一段と物騒に感じた。  父さんがいるのは家から三十分以上かかる県立病院だった大きな入り口ではなく夜間専用の小さな入り口から入る。薄汚れた白い殺風景の廊下を小走りに歩き角を曲がると夜間診察用の待合室に出た。風邪を引いたのだろう小さな子供とその母親、還暦を超えたであろうおじいさんが一人、そして頭や腕に包帯を巻いた男性が一人で座っていた。 「伊藤です。先ほどこの病院に運ばれたと伺ったのですが」 「あ、あぁ。少々お待ちください」  受付の若い看護師さんが焦ったように奥に引っ込むとベテランぽい恰幅のいい看護師さんに何やら呟いている。少し待つと処置室の扉が自動で空きナース服とは違う衣装の女性がやってきた。 「伊藤さんのご家族でよろしいでしょうか」 「はい」
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