思惑
1/7

思惑

突然司書から渡された読めない本を抱え (フェル……は、解らないだろうな) なんて文字の読み方を誰かに教えてもらおうと考えながら自室へ向かう廊下を歩いていると 『もうずっと…お慕いしておりました』 (え?) 何処からともなく聞こえた声に気が付き思わず足が止まった。 しばらく其の場に立ち止まり、辺りを注意深く探っていると少し先にある部屋のドアが細く開いていて、どうやら其処から中で話している声が漏れているようだった。 『よくよく考えてみたのです…』 (女の人の声?) 別に聞こうと思って訊いている訳ではなかった。 ただ自分の部屋へ帰るために其の部屋の前を通る──という状況の途中で起きた防ぎようのない事態なのだ。 『どうしてあの夜…お誘いをお断りしてしまったのか。其れはわたくしに意気地がなかったからですわ』 (えーっと…なんだか子どもが訊いてはいけない内容っぽい) バツが悪くなった私は仕方がないと思いつつ、踵を返して元来た道を引き返そうとした。 だけど 『でも今は違います!わたくしはちゃんとイグナーツ様のお気持ちを受け入れる覚悟が出来ました!』 (えっ) 去り際に聞こえたよく知った名前に再び足が止まった。 (今、イグナーツって…) 其の瞬間、ドクンと胸に奇妙な動揺が芽生えた。